“白紙”のスケジュールで期待実感「周囲から急に連絡が…」 昇格実現へ、社長が誓う「突然変異ではない」

小島耕社長「勝利こそ最大のマーケティング」
リーグ最終盤を迎え、J1自動昇格兼優勝争いが熾烈を極めている2025年J2。その真っ只中にいる水戸ホーリーホックの小島耕社長は「勝利の確率を1パーセントでも上げられるフロントであろうぜ!」とスタッフに号令をかけて、毎週末のゲームに挑んでいる。(取材・文=元川悦子/全6回の第5回目)
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「正直、今季の現場の快進撃で自分を取り巻く環境は劇的に変化しました。水戸の街を歩いていても声をかけられる回数が格段に増えましたし、『期待してるよ』と言われることも多くなったのは確かです。知らない人に気にしてもらえる仕事なんか滅多にない。本当に今の立場に感謝するしかありません。
ただ、ここ最近は急に周囲からの連絡が減りましたね。『みんなに気を遣われているな』とすごく感じるようになった(苦笑)。例年だと忘年会の誘いが来て、12月のスケジュールが徐々に決まっていく時期なんですが、今年は全くの白紙。家族も一切、サッカーの話はしないですし、周りも僕の心情を察してくれているんでしょうね」と小島耕社長は緊張感が高まる一方の日々を率直に話してくれた。
期待が大きくなればなるほど、何としても最高峰リーグに上がりたいという思いはひと際、強くなるものだ。
「今季開幕前にJ1ビッグクラブの関係者から『水戸もJ1に上がればクラブの雰囲気がガラリと変わるよ』と言われたんですが、その時は『そんなもんなのかな』とボンヤリした思いしかなかった。それが現場の躍進によって手が届きそうなところまで来ています。
自分の社長就任直後にはこんな体験をできるとは夢にも思わなかった。今は幸せを感じるとともに、みなさんの期待に何とかして応えたい。その一心です」と小島社長は力を込める。
シーズン途中の営業活動に関しても、いつにも増して好調なシーズンとなっている。
「『勝利こそ最大のマーケティング』だと痛感させられました。営業部隊が新規スポンサー獲得に出向いても、打率がこれまで以上に上がりましたし、ホームゲームに来てくれるメディアも通常時の2~3倍になっています。
もともとサッカー好きだった僕は、93年Jリーグ開幕カードの鹿島アントラーズ対名古屋グランパス戦をカシマスタジアム(現メルカリスタジアム)で生で見て以来、99年9月の98年フランスW杯最終予選・日韓戦(国立)、2002年日韓W杯のベルギー戦(埼玉)といった歴史的一戦に立ち合ってきましたが、水戸ホーリーホックの試合は、これまで経験したことのないほど刺激的な時間です。自分が経営に携わる地方クラブが最高峰リーグに上がれるか否かという時間をともに戦え得るのは感無量。みんなで感動を味わいたいと思っています」と彼は歓喜の瞬間が現実になることを祈り続けている。
J2で優勝したとしても「予算は爆発的に増えない」
ただ、水戸が仮にJ1に上がれたとしても、バラ色の2026年が待っているわけではない。水戸の2024年度のトップチーム人件費は3億7200万円。2025年度は少し増えて5億円弱にはなったが、J2平均の約8億円には届いていない。
仮にこのままJ1に上がれたとしても、その金額が飛躍的に増えるわけではない。
かつて「5年周期でのJ1昇格」と揶揄されたアビスパ福岡が2021年に4度目のJ1昇格を果たした際、当時の経営トップだった川森敬史社長(現会長)が「J1残留・定着のためには、売上高26億円の65%に当たる17億円のチーム人件費をねん出し、それで現場を支える」と断言。親会社のAPAMAN(アパマン)グループからの協力を取り付け、実際に実行に移し、現在の基盤を築いたという事例があったが、特定の親会社を持たない地方クラブの水戸には同じことはできないのだ。
昨季のJ1プレーオフで昇格し、今季初参戦だったJ1で残留に大きく近づいているファジアーノ岡山にしても、2024年度の売上高は約20億円、トップチーム人件費は6億6800万円だったが、今季は売上高が35億円にジャンプアップ。それに伴ってチーム人件費も大幅に上昇しているはずだ。水戸はそこまでの成長は簡単ではないという。
「首尾よくJ2で優勝してJ1に行けたとしても、予算は爆発的には増えません。売上高が20億円程度になるというのが、今、見通している規模感です。そうなると、トップチーム人件費は7~8億円。そこからスタートして、あとは移籍金収入も使っていいと考えています。そのことを西村GMに伝えたら『全然やれます』と強気の様子を見せていましたが、私としては、もっと多くの予算を現場につぎ込みたいと考えています」
2021年当時の福岡の半分程度のトップチーム人件費で水戸は最高峰リーグを戦えるのか。そこはぜひ見てみたいところだ。
「繰り返しになりますけど、高額な補強費をかけなくても、日本には伸びしろのある優れた人材がいるというのが、西村GM、そして水戸の考え方なんです。だから、仮にJ1に上がったとしても、一気に選手編成の方針を変えるつもりはありません。
この予算規模でどうやって再現性高くクラブとして高いレベルをキープできるのか。そこにチャレンジしたいという思いは強いです。
僕も経営者ですから、どんな未来が待っていようともトップチームへの投資は続けたいと思っていますし、今年が突然変異ではなかったということを証明したい。そのために、あらゆる知恵を絞って頑張ります」
潤沢な資金力のない地方クラブが高い領域に到達し、そこで戦い続けるというサッカー界の大きな夢を実現すべく、小島社長の挑戦は続いていく。(第6回に続く)
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)

元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。





















