J屈指の育成力…水戸が選手に課す「カリキュラム受講」 草刈場を支えるポリシー「磨けば光る」

選手たちと各地域へ表敬訪問に伺う小島耕社長【写真提供:水戸ホーリーホック】
選手たちと各地域へ表敬訪問に伺う小島耕社長【写真提供:水戸ホーリーホック】

水戸の小島耕社長が明かす徹底した育成プログラム

 1993年にJリーグが発足して33年目。プロサッカー選手を引退して起業し、セカンドキャリアで大輪の花を咲かせる者も出てきているが、「自分はサッカーしかやってこなかったから他のことができない」「社会や経済のことをよく知らない」といった悩みを抱く面々も少なくない。(取材・文=元川悦子/全6回の第3回目)
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 毎日トレーニング場に通い、練習が終わったら帰宅するという選手たちは、確かに社会との接点が薄い。シーズンオフや開幕前にスポンサー企業やホームタウンの関係者との交流の場に参加しても、「自分がここに来ても何も話すことがない」と疎外感を覚えることもあるのではないか。

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 彼らに社会的意識を持たせ、サッカークラブがどういう企業や関係者に支えられているのか、内部で働く人たちの業務内容はどのようなものなのか、どう収入を得て自分たちの年俸を払ってくれているのかを伝えることは、Jリーグクラブの責務だろう。

 そこに率先して着手したのが、水戸である。西村卓朗GMの号令の下、彼らは2018年から選手教育プログラム「メイクバリュープロジェクト」を立ち上げ、毎週1回・90分間の年間約30コマを選手に受講させているのだ。

「我々は『多様性と交流』をキーワードに、選手たちが異業種で活躍する人々の価値観や使命感に触れる機会を作ることを重視しています。30コマのカリキュラムは、僕や西村が話をする回もあれば、他のクラブスタッフが師になる時もありますし、パートナー企業など外部から講師を招くこともあります。パートナー企業の若手社員と合同で研修を受けたり、仕事内容を学んだこともありましたね。

 2019年に期限付き移籍で加入した日本代表の小川航基(NECナイメンヘン)も、2021年に期限付き移籍で来た2024年パリ五輪代表の藤尾翔太(町田)ももちろん研修を受けましたね」と小島社長は全員参加のこの選手教育が現場のレベルアップにも寄与していると手ごたえを感じている様子だ。

 他クラブを見ると、このような週1回の研修プログラムを実施しようとしても、特定のトップ選手や外国人選手の賛同を得られずにできないというケースもあるだろう。

 しかしながら、水戸はこのプログラムに参加することを前提に選手獲得をしている。2025年に加入した渡邉新太や飯田貴敬のような30代プレーヤーでも特別な事情がない限り、マストとなっているのだ。こうして大変な研修をみんなで乗り越えることで、一体感が醸成されているのも事実。この試みは現場の強化にもつながっていると言っていい。

「もう1つ大きいのは、選手に『あなたはなぜサッカーをするのか?』『誰のためにするのか?』という重要なポイントを徹底的に追求させていることです。

 そのあたりの目標設定が曖昧だと、自分の進んでいく方向性がブレたり、チームの中でやるべきことが見えなくなったりしがちですよね。そこをハッキリさせ、一つひとつの試合のタスク、チーム内での役割を明確にして、さらに自分がどうなりたいか、そのために何をするべきなのかというビジョンをしっかり描いてもらうことが大切なんです。

 西村はそのあたりをすごく大事にしていて、選手と徹底的に向き合います。『水戸に来ると選手が伸びる』という有難い評価をいただいているのも、そういう試みが奏功しているからでしょう」と小島社長も力を込める。

 特に水戸の場合、若手選手が多いため、「ここから自分はどうなっていきたいか」という絵を描いてもらうのは重要なテーマだ。特に高卒・大卒新人の場合、学生時代は朝練習から自分自身を追い込み、数多くの試合に出ていたのに、プロになって急に試合に出られなくなり、時間を持て余すようなケースも少なくない。となれば、せっかくの才能を伸ばしきれずにキャリアを終えるような事態に陥ってしまうとも限らない。「日本には埋もれている人材が沢山いる」と考える西村GMはそれを阻止すべく、この教育プロジェクトを始めたのだろう。

「10月14日の日本代表対ブラジル代表戦(東京・味スタ)で活躍した鈴木淳之介選手(コペンハーゲン)が好例ですけど、彼も湘南ベルマーレに入ってから2年間はほとんど試合に出ていませんでしたよね。2024年からコンスタントに出るようになり、今年に入ってブレイクしましたけど、本当に環境を与えるだけでブラジル相手でもやれちゃうんです。

 磨けば光る人材は本当に沢山いる。そういう選手を発掘するために、ウチは毎週のように複数人の練習生が来ています。それが水戸のカルチャーと化しているといっても過言ではないですね(笑)。門戸を広げて、『来たい人はどうぞ』という感じ。実際に来てもらって練習に参加してもらえば、人間性も把握できますよね。

 例えば、ロッカールームの使い方とか準備の仕方、監督・コーチにきちんと挨拶をするのか、チームメートと積極的に会話しているのかどうかと、その一挙手一投足が全て分かります」と小島社長は可能性のある人材を積極的に登用し、何とかモノにしようとする水戸のポリシーにも自信を抱いている様子だ。

 そういうクラブだけに、毎年のように“草刈り場”になってしまうのが悩みでもある。今季を見ても、前半戦18試合で2ゴールをマークしていた津久井匠海が6月にRB大宮アルディージャに移籍。11試合3ゴールの寺沼星文も8月に東京ヴェルディに引き抜かれた。

 その時点で「水戸は後半落ちるだろう」と懸念の声が上がった。その後、齋藤俊輔がU-20ワールドカップに参戦。エース級の渡邉新太も負傷離脱し、本当に厳しい状況に追い込まれた。しかし、それでもチームは大きく崩れることなく終盤まで戦い抜いている。それも小島社長の言う「可能性のある人材を抜擢して伸ばす」という西村GMのポリシー、それを実践する森直樹監督のマネージメント力によるところが大なのだ。

 本当にJ2の戦いは最終盤の結果次第だが、無名だった人材が大きく伸びる水戸の評価が上がっていることだけは間違いない。(第5回に続く)

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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