愛した古巣と喧嘩別れ…不満を「口と態度に出してしまった」 元日本代表を変えた苦い経験

徳島で強化本部長を務める黒部光昭氏【(C) T.VORTIS】
徳島で強化本部長を務める黒部光昭氏【(C) T.VORTIS】

徳島の強化本部長を務める黒部光昭氏「選手が働きやすい環境をまず作ること」

 京都パープルサンガなどでストライカーとして活躍し、日本代表にも選出された経験を持つ黒部光昭氏は現在、地元の徳島ヴォルティスで強化本部長を務めている。現役引退後の2015年12月にカターレ富山の強化部長に就任。フロントとしてキャリアを歩み始めたが、今でも忘れぬ苦い経験がある。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・工藤慶大/全5回の2回目)

【PR】DAZNを半額で視聴可能な学生向け「ABEMA de DAZN 学割プラン」が新登場!

   ◇   ◇   ◇

 2009年オフにアビスパ福岡を契約満了となると、元日本代表というプライドを捨てて合同トライアウトに挑戦した黒部氏。「富山がオファーをくれて、金銭的な面とかそういう話ではなく、真っ先にオファーをくれたから行きますと言いました」と移籍を即決。その後、4シーズンを当時J2の富山でプレーした。

 そして最後の1年をタイ1部のTTMカスタムズFCで過ごすと、富山から強化部長としてのオファーが舞い込んだ。前年のオフには契約満了という形で富山を離れていたが、「切られたことに腹が立ったのではなく、このベテランを4年も置いてくれて感謝しかない」と円満に別れたことが縁をつないだと振り返る。

 黒部氏が退団した1年後、富山はJ3へ降格することになる。「実際は誰がどう判断したか分からないですけど、周りの人たちが自分の評価を勝手に上げてくれたというか。黒部を切ったからこんなことになったんやろみたいな状況をサポーターとか会社の人たちが言葉に出してくれたのもありました」と明かす。

「だからこそ自分が引退したときに、もう1回このチームを変えるためにはああいう人を戻すべきなんじゃないのかというのを誰かが声を上げてくれたんですよ。たぶん会社の誰かがこういう人材がいます、あの人に戻ってきてもらうべきだみたいな話をしてくれたんだと思います。心当たりはあるんですけど」

 こうしてセカンドキャリアの第一歩を踏み出したわけだが、「自分の感情だけでうわーって言いすぎた」という苦い経験が黒部氏を変えた。「僕は生え抜きの選手として京都で引退したいとずっと言ってきました。その人間が京都を離れてからずっと他のクラブでプレーして、京都に帰っていないんですよ」とその理由を語る。

「帰れていないという自分の感情と、帰す気がないというクラブの感情がたぶんあるんです。出され方が、自分の中ではモヤモヤしていた。クラブも自分の出て行き方に納得がいっていない。その大きな要因は間違いなく、自分が納得がいかないということを口と態度に出してしまったことだと思います」

 結局、愛したクラブとは喧嘩別れになったまま。「僕のもう戻る気はないという言葉と同時に、クラブも『アイツを戻す気はない』とたぶん思ったんだと思うんですよ。お互いがずっとその感情を持ち続けたまま進んでしまったので、結果的に京都に戻ることはなかったんです」。そんな経験を今に生かしている。

 強化の仕事も今年で10年目を迎え、「500人から1000人くらいの人間にオファー出したり断られたり」という繰り返し。「自分はこの経験をして、選手が今どういう感情なんだろうなとか、どういうことを言われたら腹が立つ、これだけは絶対に言われたくないというのはそれなりに分かるんですよ」と明かす。

 サッカーチームは「会社と一緒だと思うんですよ」と言う黒部氏。フロントは選手を獲得したり、チーム編成する仕事だと思われがちだが、「いい選手を取ればいい結果が出る可能性が高いのはわかりやすい。でも結局、働きやすい環境になっていなかったら意味がない」と選手に寄り添うのも重要な役割だ。

「働きやすい環境をまず作ること。選手が一番働きやすい環境で、次に強いて言えば監督、コーチが働きやすいというのが、優先順位としてはあるべき姿なのかなと。やはり選手がストレスを受けるのが一番しんどい。強化部が選手に矢印を向けてあげるとか、ヒントを作ってあげなければいけないと思います」

 チームの浮き沈みやポジション争いがあることから、選手全員が幸せになることは「絶対にない」と言い切る。そのような環境でも、「受けなくてもいい無駄なストレスを受けないようにする作業は、強化がしなければいけないと思います」と話した黒部氏。さまざまな経験をフロントとしての仕事に生かしている。

(FOOTBALL ZONE編集部・工藤慶大 / Keita Kudo)



page 1/1

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング