転機となった敏腕GMの決断「心から同意」 尊重したクラブの歴史…社長が寄せる全幅の信頼

水戸の小島耕社長が話す西村GMの手腕「一体、いつ寝ているんだろう」
2025年J2をけん引してきた水戸ホーリーホックだが、2000年から長くこのリーグに在籍し、最高成績は長谷部茂利監督(現川崎監督)が率いた2019年の7位。小島耕社長が就任した2020年以降は、秋葉忠宏監督(現清水監督)が指揮を執った2020、2021、2022年がそれぞれ9位・10位・13位。濱崎芳己監督(現讃岐ヘッドコーチ)が率いた2023年が17位。同じ濱崎体制でスタートした2024年も開幕から苦戦し、5月に現在の森直樹監督がヘッドコーチから昇格。何とか15位でフィニッシュするに至った。
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これまで20年以上、一度もJ1昇格争いをしたことのない水戸がなぜ、今季ジャンプアップできたのか。そこは誰もが疑問に感じるところ。その1つのポイントが、昨年の森監督就任にあったと小島社長は考えているという。(取材・文=元川悦子/全6回の第2回目)
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「昨季途中に監督を交代しなければいけない状況になった時、西村卓朗GMから相談が来たんですけど、『このクラブの歴史を一番知っていて、クラブを取り巻く環境や現状を深く理解している人間がピンチをしのいでいくのに最適である』という説明をされて、僕も心から同意しました。
森監督は2003~2005年に選手としてウチでプレーし、引退後はユースやトップチームで長く指導に携わり、スカウトも務めたことがあります。20年以上も水戸にいて、クラブがどのような道のりを辿ってきたのかを誰よりもよく知っているのが彼なんです。結果的に残留できたのも、その判断が間違っていなかったから。西村GMとも日々、コミュニケーションを取っていますけど、2人は同い年ですし、密な関係性を築けるのも大きいですね。
今年になってJ1昇格争いをするようになってから、森監督は自分の発言の重さを自覚して、前よりも言葉選びに慎重になった印象があります。そういう状況でも、彼は周りを納得させる言葉を持っている人間。そこは非常に大きなストロングだと思います」と小島社長は神妙な面持ちで言う。
森監督を抜擢した西村GMも今や「Jリーグ屈指の敏腕強化トップ」と言われるようになった。ご存知の通り、彼は三菱養和から国士舘大学を経て、2001年に浦和レッズ入り。だが、ここでは全く出場機会を得られず、2004年に大宮アルディージャへ移籍。そこである程度の実績を残し、その後はアメリカやコンサドーレ札幌でプレー。2011年末に引退し、指導者を経て、2016年から水戸の強化部長に就任し、2019年からはGM兼強化部長、2022年からは取締役GMとなって、小島社長と二人三脚でクラブ経営に携わっているのだ。
「西村GMは強い信念を持って1人1人の選手と向き合う人間。彼らの持っている力を最大限引き出すべく、練習・試合というピッチ上だけでなく、食生活や睡眠に至る自己管理の部分まで徹底してくれています。
『一体、いつ寝ているんだろう』と思うくらい現場と向き合い、森監督や選手たちと日々、話をしている姿が目に付きます。
それだけではなくて、外部との意思疎通も熱心に取っている。つい最近も、元日本代表の岡崎慎司さんからレスター時代の成功経験を聞くために対談に出ていましたけど、それも自分から率先して決めたこと。そういう真摯な姿勢があるからこそ、今では高校大学の先生たちから『西村のところに選手を預ければ伸ばしてくれる』という信頼を勝ち得た。近くで見ていて、本当にすごいと思いますね」と小島社長は改めてリスペクトを口にする。
とはいえ、小島社長と西村GMは旧知の間柄ではなかった。小島社長が水戸と接点を持つようになったのは、前職である映像制作会社「Production9」時代の2018年末。沼田邦郎前社長と面識を持つ前に西村GMと会うチャンスがあり、即座に意気投合。そこから水戸に深く関わっていくことになったのだという。
「当時の水戸はまだ5億円くらいの売上規模のクラブで、本当に小規模だったんです。にもかかわらず、その年から西村を中心に独自の選手教育プログラム『メイクバリュープロジェクト』をスタートさせて、人材が育つクラブを作ろうとしていました。
ただ、お金がないので、レンタルで有望な選手をかき集めるしかないのが実情だった。松本山雅から2017年に来た前田大然(セルティック)なんかもその1人でしたけど、当時は開幕戦の7~8人がレンタルの選手という状況も珍しくなかったですね。
そこから少しずつ売上規模を拡大し、西村もネットワークを広げて、完全移籍で選手を取れるような基盤を作ってきた。そして、水戸に来てもらった選手1人1人を最大限伸ばすことに注力していったんです。
『日本には埋もれている人材が数多くいる。彼らにいい環境を与えたら活躍できるはず』というのは彼の口癖で、実際、そうやって選手を成長させてきたんです」と小島社長は相棒である西村GMに全幅の信頼を寄せている。
西村GM・森監督体制がうまく噛み合い、結果が出るようになったのが2025年だということなのだろう。確かに今季の水戸は、アルビレックス新潟や大分トリニータで実績のある渡邉新太、J1の清水エスパルスや京都サンガでプレーしてきた飯田貴敬ら経験値の高い戦力も補強しているが、それ以外の主力は大卒の若手や他クラブで出られなかった選手が目立つのだ。
「シーズン後半に重要な働きをしている加藤千尋なんかは今季途中まで在籍したモンテディオ山形で出番が少なかったですし、GK西川幸之介も昨季の大分ではリーグ戦での出場はゼロ。それがJ2最高レベルの守護神になっているのは、本当に夢があるなと感じます。
最終ラインを担っている板倉健太は東京国際大学出身の大卒ルーキー。鷹啄トラビスも昨年はJFLのティアモ枚方で1年間を過ごしていた。西村の言うように、選手は環境を与えれば活躍できるチャンスがあるんだと痛感します。それをしっかりピッチ上で表現させている森監督の手腕も素晴らしいですが、そうやって変化していく選手たちを間近で見られるのは本当に嬉しいこと。僕は現場を尊重して、後押ししていくだけですね」
小島社長の思いはフロントスタッフやアカデミーの関係者など、クラブを取り巻く全員の気持ちなのだろう。森監督というクラブの歴史を知る指揮官を抜擢した西村GMの眼力は特筆すべきものがある。(第3回に続く)
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)

元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

















