数的不利、2点差逆転も「申し訳ない」 監督の異例な”謝罪”の真相「覚悟があったのかどうか」

仙台を率いる森山佳郎監督【写真:アフロ】
仙台を率いる森山佳郎監督【写真:アフロ】

仙台は数的不利、0-2から鳥栖に逆転勝利

 4シーズンぶりのJ1復帰を目指すベガルタ仙台が奇跡の大逆転勝利をもぎ取った。ホームのユアテックスタジアム仙台にサガン鳥栖を迎えた10月26日のJ2リーグ第34節で2点差をつけられ、さらに退場者も出す大敗必至の苦境から後半33分以降で怒濤の3連続ゴールをゲット。しかし、歓喜に沸く試合後のミーティングの冒頭で森山佳郎監督は「申し訳ない」と選手たちに謝罪している。異例の行動に出た指揮官の思いに迫った。(取材・文=藤江直人)

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 奇跡の大逆転勝利をサガン鳥栖からもぎ取った余韻が色濃く残る試合後のロッカールーム。ベガルタ仙台を率いる森山佳郎監督が、意外な言葉とともにミーティングをスタートさせた。

「申し訳ない。本当に申し訳ない」

 興奮状態にあった選手たちが思わず驚いたのも無理はない。5月16日の藤枝MYFC戦以来、実に20試合ぶりに先発に抜擢されたボランチの工藤蒼生は、試合後にこんな言葉を残している。

「謝られるとはまったく思っていなかったので、そこはちょっとびっくりしました」

 指揮官はなぜ選手たちに頭を下げたのか。答えはゲームプランをはるかに超越した試合展開にあった。

 キックオフ前の時点で、勝ち点56で6位の鳥栖に対して仙台は同55の7位。残り5試合となった最終盤で、負ければJ1へ自動昇格する2位以内でのフィニッシュが絶望的になるだけではない。J1昇格プレーオフへ進出する6位以内までもが遠のく26日の6ポイントマッチへ、森山監督は必勝を期して臨んでいた。

「負ければずっこけるというか、もう終わりという一戦。トーナメントと同じ意味合いがありました」

 前日25日の練習中に主戦ボランチの松井蓮之がアクシデントに見舞われた。武田英寿の先発起用も考えられたなかで、森山監督は守備力に長けた工藤を指名。鳥栖の攻撃面でのキーマンとなる左ウイングバックの新井晴樹を、対峙する右サイドバックの真瀬拓海だけでなく、必要ならば工藤も加わって封じるプランで臨んだ。

2点ビハインド、退場者も出し窮地に

 しかし、31分に先制したのは鳥栖。警戒していた新井にペナルティーエリア内へ侵入された直後に、スライディングで止めにいった真瀬が倒してしまう。高崎航地主審の判定はPK。これを西川潤に決められると、後半4分にもセットプレーから失点。先制すれば14勝4分けと無敗の鳥栖に2点のビハインドを背負った。

 さらに同26分には、相手選手への石尾陸登のタックルが「著しく不正なプレー」と見なされて一発退場を命じられる。数的不利に陥った状況を前にして、森山監督の脳裏にはプランの変更がよぎった。

「10人になった瞬間に、これ以上、傷が広がらないようにするためにはどうすればいいのかを考えました」

 負けを前提に残り時間の戦い方を再考した。試合後の公式会見で指揮官は次のように語っている。

「さらに失点しないようにしながら1点でも返して、次の試合につなげなければいけない、と。ここで3点、4点と失点を重ねて大崩れしてしまえば今後の戦いも影響してくる。ならば10人でもよく戦ったというか、敗れはしたものの最後までファイティングポーズを取り続けた、という試合にしよう、と」

 しかし、選手たちはまったく異なる思いを抱いていた。後半14分に武田と交代していた工藤が言う。

「10人になったからこそやるべきプレーがはっきりして、全員に前から奪う意識が出てきたと思う」

 間延びしていた選手たちの距離感が一気に縮まったなかで、後半33分に追撃のゴールを決めた宮崎鴻がわずか4分後に同点ゴールを叩き込む。身長184センチ・体重82キロの巨躯を誇るストライカーが胸を張る。

「10人になってから、さらに前へプレスをかけにいきました。相手もプレスを剥がすのがうまいので、そのときにはみんなで必死に戻って、またプレスにいって、の繰り返しで。人生で一番きつい試合でした」

逆転弾を決めたFW小林心

 両足が攣り、右に至っては動かなくなるほど限界を超えた宮崎に代わって、8分が表示された後半アディショナルタイム48分に投入されたのは小林心。6月にJ3の高知ユナイテッドから加入した25歳のストライカーは同54分に逆転ゴールをねじ込み、ホームのユアテックスタジアム仙台に地鳴りのような大声援を響かせた。

 森山監督は「こんなシナリオを誰が用意したのだろう」と脱帽しながら、謝罪に至った心境を明かした。

「試合終了の瞬間にバタバタと倒れ込むくらい、選手たちは死に物狂いで最後まで戦ってくれました。このままでは絶対に終わらせない、という選手たちの執念にはすさまじいものがありました。対照的にいつも彼らに『ぶっ倒れるまで走れ』と言ってきた自分に、そこまでの覚悟があったのかどうか。2点差をつけられ、さらに10人になった瞬間に、そこから逆転勝ちするイメージを自分はもち合わせていませんでした。その意味で選手たちに本当に申し訳ないと思いましたし、最後まであきらめずに戦った彼らに対して、そこは自分の大きな反省材料だと思いました。彼らの頑張りに感動させられましたし、誇りに思うし、心の底から讃えてあげないといけない、と」

 執念でもぎ取った3試合ぶりの白星とともに、仙台は7位からJ1昇格プレーオフ進出圏内の4位へ浮上。自動昇格圏の2位につけるV・ファーレン長崎との勝ち点差も5ポイントに縮めた。年代別の日本代表を長く率い、昨シーズンに仙台の監督に就任。初めてJクラブの指揮を執ってきた57歳の森山監督が逆に質問してきた。

「こんなシナリオは、自分の長い人生のなかでも初めてです。これまで他にあったんでしょうか。10人になって、そこから2点差を逆転したケースというのは。私自身は本当に聞いたことがなくて」

 実は初めてではなかった。たとえば2017年10月14日。川崎フロンターレは前半に退場者を出す数的不利の状況から2点のリードを許しながら、後半32、34、37分に怒濤の3連続ゴールをゲット。最終節で果たした悲願の初優勝へ一気に加速している。まさかの逆転負けにうなだれたのはくしくも仙台だった。

 敵地で悲劇に見舞われてから8年あまり。ホームで奇跡を起こした側となった仙台の雰囲気はいま、胸中に抱いた謝罪の念を正直に打ち明けた森山監督の実直な立ち居振る舞いを介して最高潮に達している。残り4試合。2021シーズンを最後に遠ざかっているJ1への復帰をかけて、さらに一体感を高めて前へと進んでいく。

(藤江直人 / Fujie Naoto)



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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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