移動5時間、時差2時間、到着深夜4時…日本人GKが海外で味わう“過酷な現実”

高丘陽平がMLSでの苦労を話した【写真:本人提供】
高丘陽平がMLSでの苦労を話した【写真:本人提供】

バンクーバー・ホワイトキャップスのGK高丘陽平が語るMLS

 2023年2月、横浜F・マリノスからMLS(メジャーリーグ・サッカー)のバンクーバー・ホワイトキャップスへと新天地を求めた日本人守護神・高丘陽平。渡航直後のカリフォルニアキャンプでは、ネイティブが使う英語の指示やコミュニケーションに苦労しながらも必死に対応していたという。しかし、いざシーズンが始まると、想像以上の困難と戸惑いが次々と襲いかかってきたと明かす。(取材・文=元川悦子/全8回の2回目)

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 MLSは全30クラブが参加し、東西2地区(ウエスタン・カンファレンスとイースタン・カンファレンス)に分かれてリーグ戦が行われる。各地区の上位9チーム、計18クラブがノックアウト方式の「MLSカップ」に進出し、最終的に王者を決める仕組みだ。

 高丘が所属するバンクーバー・ホワイトキャップスは西地区に所属しており、車で行ける距離のシアトルやポートランドに加え、遠方のダラスやヒューストン、高地のソルトレイク・シティなど、対戦相手によって気候も標高も大きく変化する。島国に住む日本人にとっては慣れない環境変化に、日々対応を強いられている。

「最初はチームメイトやスタッフに情報をもらいつつ、1つ1つの環境を体験しました。例えば、高地のコロラド州(コマースシティ=コロラド・ラピッズ)やユタ州のソルトレイク・シティ(リアルソルトレイク)だったら、空気が薄い分、ボールが伸びたりするんですけど、どのくらいの伸びなのか、ボールの軌道を含めて、自分で実体験しないと分からない部分がある。実際にピッチに立ちながら合わせていく感じでした」

 気温の差も極端だ。バンクーバーやシアトルは夏でも涼しいが、テキサス州のダラス、ヒューストン、オースティン、さらにはカンザス州のカンザスシティでは、真夏の灼熱が待っている。高丘は神妙な面持ちで言う。

「天候で言えば、バンクーバー(カナダ・ブリティッシュッコロンビア州=ホワイトキャップス)やシアトル(ワシントン州=シアトル・サウンダーズ)は夏でも涼しいですけど、テキサス州のダラス(FCダラス)、ヒューストン(ヒューストン・ダイナモ)、オースティン(オースティンFC)、カンザス州のカンザス・シティ(スポルティング・カンザスシティ)は非常に暑い。リーグ戦でACL(AFCチャンピオンズリーグ)をやっている感覚でしたね」

新天地で身に付けたマネジメント術「MLSに来てからはそうはいかない」

 欧州のトップ選手もUEFA(欧州サッカー連盟)の大会と国内リーグを並行して戦うことはあるが、ロンドンからモスクワでも飛行時間は約3時間半。MLSの移動距離や気候差と比べれば、その負担は大きく異なり、MLSはタフさを求められるリーグであることが分かる。

「テキサスやダラスでアウェー戦があると、ナイトマッチ後、すぐにバンクーバーに戻るんですが、飛行機で4~5時間の移動があり、プラス時差が2時間ある。到着は深夜の3~4時になります。そこから帰宅して少し寝て、昼くらいに起きて、翌朝のトレーニングまでに疲労を取って、万全な状態にしなければいけない。100%に戻すのは難しいけど、80~90%までは引き上げるようにリカバリーメニューも入れて、食事や休養に気を遣い、サウナやサプリメントもフル活用しています。日本にいた頃は移動もほぼない状態なので、自分がやりたいトレーニングをこなしていれば問題なかった。でもMLSに来てからはそうはいかない。メンタルを含めて自分をいい状態に持っていく重要性を頭に入れながらやっています」

 そう語る高丘は、メンタルも含めて自らをマネジメントする術を、MLSという厳しい環境の中で体得し続けている。異国の地でハイパフォーマンスを保つため、高丘は日々のチェック項目を増やし、入念な準備で環境への適応を進めていった。

「ホワイトキャップスの本拠地・BCプレイスもそうですが、人工芝のピッチは1つのネック。MLSではバンクーバー、シアトル(ルーメン・フィールド)、ポートランド(ポートランド・ティンバーズの本拠地=プロビデンスパーク)、フォックスボロ(ニューイングランド・レボリューションの本拠地=ジレットスタジアム)、シャーロット(シャーロットFCの本拠地=バンク・オブ・アメリカ・スタジアム)などの会場が人工芝。慣れるのはやはりハードルが高い。より慎重に1つ1つのプレーに取り組むようになりました」

細部へのこだわりがプレーの安定感を生むという【写真:本人提供】
細部へのこだわりがプレーの安定感を生むという【写真:本人提供】

安定感を支える細部へのこだわり「日本にいた時に比べると…」

 細部へのこだわりは、高丘の安定感を支える大きな要素となっている。

「たとえ天然芝でも、スタジアムによって質感、地面の固さも違うので、ボールのバウンドが変わる。そこもチェックしなければいけない重要な点ですね。それ以外にも観客席の色とか風向き、ライトの位置、看板広告の位置、タッチラインとゴールラインの長さ、そこも多少狭かったりすることもあるので、しっかりと確認してからゲームに入るようにしています。いいプレーをするためには細かいところがすごく大切になる。日本にいた時に比べると、確認項目が増えたと思います」

 欧州であれば、これまでに扉を叩いた日本人選手の蓄積、デュッセルドルフの日本サッカー協会・欧州オフィス、日系クラブの存在など、日本人選手が協力を得ながら環境に順応しやすい土壌がある。だが、MLSにはまだ情報が少なく、高丘は唯一の日本人GK。頼れる前例もほとんどないなか、難易度が非常に高かったのは間違いない。

 それでも彼は2年半にわたってタフな環境を戦い抜き、2023年は35試合、2024年は37試合に出場。今季もここまで19試合のピッチに立ち、西地区2位につけるチームを支えている。7月23日のMLSオールスターにも選出されるなど、クラブとリーグでの評価は着実に高まっている。

 この貴重な経験を日本代表に活かさない手はない。9月に予定されているメキシコ(6日=オークランド)、アメリカ(9日=コロンバス)との連戦。森保一監督には、ぜひとも強く推したい存在である。

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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