日本人監督の海外挑戦「解任されても素晴らしい経験」 豪州人監督が大きな転機も…「例外の範疇」

日本人指導者の海外挑戦…日欧サッカーを熟知するモラス雅輝氏の見解
「日本サッカーの未来を考える」を新たなコンセプトに据える「FOOTBALL ZONE」では、現場の声も重視しながら日本サッカー界のあるべき姿を模索していく。現在オーストリア2部ザンクト・ペルテンでテクニカルディレクター、育成ディレクター、U-18監督を兼務し、Jリーグでコーチも務めた経験を持つモラス雅輝氏に、日本人指導者の海外挑戦について聞いた。(取材・文=中野吉之伴)
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海外クラブで結果を残す日本人選手が増えるなか、日本サッカーのさらなる成長には、海外で活躍する日本人指導者の増加も必要とよく言われる。しかし「海外」と一口に言っても様々だ。その行き先は特定のどこかであるべきなのか。モラス氏とともに考察した。
「見方が2つあると思います。監督の成長の場という見方と、欧州サッカー界からの需要という見方。まず成長という観点から考えると、日本を飛び出して、文化も習慣も言葉も異なる外国で仕事をするなかで監督の役職を得て結果を残すことは、その人のキャリアにとっても素晴らしいものになるし、間違いなく自分の実力アップにもつながると思います。
誰もがすぐに順応して、結果を残せるわけではない。上手くいかずに苦しんだり、様々な事情で解任に遭遇することもあると思います。しかし、それも素晴らしい経験になるのではないかと思うんです。人間としての幅が間違いなく広がりますし、いろいろな国の人との接し方に柔軟さが出てきます。もし僕がJリーグで監督を雇う立場になったならば、日本以外の国でも経験を積んだ指導者がいたら、その点は間違いなくプラスに捉えます。
例えばシンガポール・アルビレックスで監督をされていた吉永一明さん。今は中国で育成年代を見ているそうですが、国外で様々な経験を積んでいるのはとても魅力的です。吉永さんはアルビレックス新潟でも指揮を執っていたし、Jリーグ下部組織や高校サッカーでも現場経験を積まれている。素晴らしいことだと思います」

EL制覇を成し遂げたポステコグルー監督の存在「アジアサッカー界にとって転機」
ほかにも様々な日本人が海を渡り活躍している。鹿島アントラーズや大宮アルディージャ(現・RB大宮アルディージャ)で監督歴のある石井正忠はタイに渡り、ブリーラム・ユナイテッドで日本人初となるタイリーグ優勝監督になった。現在はタイ代表監督として活躍している。滝雅美はチェンライ・ユナイテッドで日本人監督として初となる海外クラブでACL出場を果たした。日本サッカー協会による国際交流・アジア協力事業でアジア各地のサッカー協会に赴き、様々な事業に取り組んでいる日本人指導者を含めると、相当な数にのぼる。その1つ1つのチャレンジは、いずれも貴重で意義深いものだ。
一方で、「アジアでの指導者経験と、欧州で指導者としてチャンスを掴むことはまったく別と考えたほうがいい」とモラス氏は語る。
「ヨーロッパ側から見た時、例えばタイリーグで結果を残した、シンガポールリーグで優勝したと言っても、それを聞いてヨーロッパ側のマネジメントや経営陣が動き出すことにはつながらないのが現状です。ヨーロッパのサッカークラブでヨーロッパ圏中心の選手やスタッフの中で何ができるのか。そこには越えなければならないハードルがまだまだたくさんあります」
アジア出身監督でヨーロッパでも活躍したケースでは、今季トッテナムでUEFAヨーロッパリーグ(EL)制覇を成し遂げたアンジェ・ポステコグルー監督の名前が挙げられる。オーストラリアのメルボルン・ビクトリーFCなど複数のクラブで監督を歴任し、2013~17年にはオーストラリア代表監督を務めた。横浜F・マリノスで15年ぶりのJ1リーグ優勝に導く手腕を発揮したあと、スコットランドの盟主セルティックから監督オファーが届いた。
「ポステコグルーはアジアサッカー界にとって大きな転機を作ってくれたかもしれません。セルティックで結果を残して、プレミアリーグのトッテナムでも指揮を執るというのは偉大なことです。ただ、現時点では例外の範疇に入るパターンなのは確かです。当初UEFAのライセンスを持っていないという点で騒がれましたが、『代表監督をしていた』『英語が母国語』というのが大きく影響しました」
セカンドキャリアを歩む長谷部誠や岡崎慎司に白羽の矢が立つ日も
ヨーロッパで指導者としてリストアップされるには、通用すると認められるだけの実績と経歴が必要であり、そのためにはまずヨーロッパで監督として経験を積む機会を得なければならない。ヨーロッパだけでも指導者の数は多い。UEFAプロレベルのライセンスを持っている指導者数は、例えばスペインで約2400人、ドイツで約900人、イタリアで約850人、ポルトガルで約600人にのぼる。限られたポストを巡る競争は激しく、その中でリストアップされるのは至難の業だ。
現実的に考えると、日系スポンサーが支援しているクラブでチャンスを掴み、ファーストステップとするルートがある。ベルギーのシント=トロイデンはその好例だ。また、指導者としてセカンドキャリアを歩み始めている元日本代表の長谷部誠や岡崎慎司に白羽の矢が立つ日が来るかもしれない。
「英語をはじめとする言語能力と、ヨーロッパのクラブにおけるマネジメント能力が発揮されるようになったら次につながる可能性はあります。シント=トロイデンで指揮を執っていた元神戸監督のトルステン・フィンクが次の移籍先KRCヘンクでベルギーリーグのレギュラーシーズンを首位で終えるなど、見事な結果を残しています」
フィンク監督もまた、シント=トロイデンへ来る前にヴィッセル神戸のほか、バーゼル(スイス)、ハンブルガーSV(ドイツ)、APOELニコシア(キプロス)、アウストリア・ウィーン(オーストリア)など様々なクラブで経験を積んできた。
モラス氏も同様だ。オーストリア1部女子で監督を何度も歴任し、3部から1部まで昇格を果たしたこともある。育成ディレクターやトップチームのテクニカルディレクターとして声がかかるようになるまで、長年積み重ねてきた経験とつながりが現地の人に評価された結果と言えるだろう。
日本人指導者にとって、欧州初挑戦でいきなりベルギー1部はハードルが高いのかもしれない。岡崎のように自身が創設したFCバサラ・マインツ(ドイツ6部)で監督業をスタートした例もあれば、スペイン4部のUEサン・アンドレウのように日本人オーナーのクラブもある。そうしたクラブを足掛かりに欧州1部~3部へとステップアップできるようなルート形成と、長期的視野に立ってチャレンジできるかが鍵となるだろう。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。