サービス精神から誤解も…岩政大樹という人物 「可能性がある限り」苦境札幌の現在地【コラム】

補強に関与せず手薄なアタッカーに守備組織、逆風に立ち向かう岩政新監督
ジェフユナイテッド千葉が首位を快走し、今季J3からJ2に復帰したばかりのRB大宮アルディージャが2位につけている2025年のJ2。J1自動昇格圏の上位2強がリードする構図はなかなか崩れそうもない。ただ、J1昇格プレーオフ圏内の5位・サガン鳥栖から17位・ブラウブリッツ秋田までの勝ち点差はわずか5。「魔境」と呼ばれるリーグらしく、大激戦なのは間違いないだろう。(取材・文=元川悦子)
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こうしたなか、今季J1からJ2に降格してきた北海道コンサドーレ札幌は勝ち点12の16位に沈んでいる。今季開幕・大分トリニータ戦からロアッソ熊本、レノファ山口、千葉に4連敗と、まさかのスタートを強いられた後、秋田と愛媛FCに連勝。浮上の兆しが見えてきたと思われたが、その後の5試合はオセロ状態。11節終了時点で早くも7敗を喫しているのだ。
2024年のJ2で自動昇格した首位・清水エスパルスは8敗、2位・横浜FCは6敗。7敗という数字はかなり厳しい状況にほかならない。
「僕たちは現場の人間なので、可能性がある限り、取り組んでいくだけ。これは選手たちにいつも言っていますが、評論家や解説者は可能性が何%あるかないかの話をしますけど、僕たちは可能性があるかないかしか考える必要がない。可能性がある限りはチャレンジをしますし、なくなれば次のチャレンジにします。それだけの話ですね」
今季から指揮を執る岩政大樹監督は直近4月25日のアウェー・大宮戦を0-1で落としたあと、筆者の質問に淡々とこう答えた。本当に言葉どおり、可能性がある限り、チャレンジしていくしかないのだろうが、自動昇格が難しくなってきたことは紛れもない事実。それを本人もよく理解しているに違いない。
ゼロからのチーム作り
1月の就任会見で「当然、J1昇格という目標はあるが、ルヴァン杯や天皇杯はどのチームにもチャンスがある。札幌にタイトルをもたらしたい」と岩政監督は力強くコメントしているが、その言葉とはかけ離れた状況に陥ってしまっている。
ミハイロ・ペトロヴィッチ監督時代の札幌が2017年から2024年までの8年間、最高峰リーグに在籍したという事実もあり、現状に不満を抱くファン・サポーターも少なくないのも理解できる。そんな今こそ、改めて札幌の現状を冷静に客観視する必要があるだろう。
2025年を迎えるにあたり、クラブは昨季までチームを支えていた駒井善成、鈴木武蔵(ともに横浜FC)、菅大輝(広島)、浅野雄也(名古屋)らタレントを放出。高嶺朋樹、木戸柊摩を補強し、レンタルバックの西野奨太や中島大嘉といった若手を加えたが、ダントツでJ1昇格できるだけの戦力を揃えたわけではなかった。岩政監督は補強に関与しておらず、現有戦力で勝てるチームをゼロから作らなければならなかった。
そこは同じ降格組でも、小菊昭雄監督がセレッソ大阪時代の教え子を何人か引っ張ることができたサガン鳥栖、J1で実績ある川口尚紀、倍井謙、佐藤凌我といった面々を積極補強できたジュビロ磐田との明らかな違いだ。しかも、ミシャ監督時代の札幌はマンツーマンディフェンスをベースにしていたから、ゾーンに変更しても選手たちのなかに染み付いたものがあり、癖が抜けなかった。それが序盤の4連敗につながった部分もありそうだ。
その後、3バックから4バックへのシフトや守備組織の再構築を経て、守りは安定するようになった。それは惜敗した大宮戦でも色濃く感じられた。決定的なチャンスを与えたのは、藤井一志に決勝点を取られたシーンだけ。そういう1つの綻びが生じてしまうのが、成長途上の集団のウイークポイントだ。
それでも、岩政チルドレンの筆頭と位置づけられる西野も「最初の4連敗の不甲斐ない内容に比べると、きょうは自分たちのサッカーがより明確になったと感じた。勝てていないのは確かですけど、全てを悲観的に見るんじゃなくて、クオリティを上げていくだけ。この敗戦は序盤4連敗のときとは意味が違うのかなと思います」と強調した通り、前進しているのは確か。そこはしっかりと認識しておくべきである。
岩政監督はまさに“好人物”
彼ら若い選手に対して、指揮官は練習後、自主トレーニングで個人指導にあたっており、個のレベルアップに躍起になっているという。もともと岩政大樹という人間は親身になって1人1人と向き合うタイプ。東京学芸大学時代まで教員になろうとしていたくらいだから「人間的にも成長させたい」と考え、アプローチしているに違いない。
その成果もあって、西野や木戸らは間違いなく伸びているが、得点力のところはまだまだ足りない。大宮戦でも最前線を担っているアマドゥ・バカコヨにほとんどボールが収まらず、チャンスらしいチャンスが作れなかった。終盤になってキム・ゴンヒを投入してからもギアが上がらずじまい。ジョルディ・サンチェスや中島も使える状態になっていないと見られる。自らの突破力で局面を切り開いていけるのは近藤友喜くらい。前線アタッカー陣の手薄感は否めない。
大宮戦を体調不良で欠場した青木亮太が復帰し、経験豊富な長谷川竜也や荒野拓馬らの状態が上向いてくれば、もう少しゴール前の厚みは増してくるのかもしれないが、現状のままでは爆発的なゴール増は期待できないだろう。
ゆえに、今は失点をしぶとくゼロに抑えて、リスタートやカウンターなどで1点をもぎ取り、勝ち切る術を見出すしかない。かつて鹿島アントラーズでそういうサッカーを実践してきた指揮官は現役時代の経験から落とし込める部分もあるはず。それをしっかりと考え、選手たちに伝えることが肝要ではないか。
岩政大樹という人物はどういう状況においてもフラットに他者と接し、サービス精神旺盛にいろんな話をしてくれる。試合後の会見や練習後の囲み取材でも、メディア相手に不機嫌そうな振る舞いを見せたことは一切ない。鹿島の選手時代には、練習後に1時間も車の前で話をしてくれることさえあった。
まさに“好人物”であるのは間違いないが、ときに親切心が強すぎるあまり、ビッグマウスのように聞こえるサービス発言をしてしまうこともある。今の時代はSNSがあるから、それを通して拡散され、誤解を生みがちだ。特に結果が出ていない今は逆風が強まる傾向が強い。彼自身、苦しいだろうが、そういったネガティブな論調に負けることなく、苦境脱出の道筋を見出してほしいものである。
大型連休中のカードはV・ファーレン長崎、モンテディオ山形、磐田。どこも順風満帆とは言えない相手ばかりだ。ここで連勝できれば、状況はガラリと変わる。J1自動昇格は難しくても、プレーオフ圏内はまだまだ十分狙えるはず。本人も言うように、可能性がある限り、チャレンジすること。指揮官という仕事はそれを続けるしかないのだ。
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)

元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。