町田・黒田監督がロッカールームで作り出す「悲劇感」 首位ターンの舞台裏「隙を作らせない」【コラム】
ドローに終わった福岡戦の控室の雰囲気は「罠が待っている」
クラブ史上で初めて挑むJ1戦線を、FC町田ゼルビアは堂々の首位で折り返した。12勝3分4敗の勝ち点39は、2位の鹿島アントラーズと2ポイント差。総得点31は3番目に多く、総失点16は3番目に少ない。
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攻守のバランスが良質なハーモニーを奏でている上に、連敗を一度も喫していない。6位のFC東京と10位の東京ヴェルディも連敗はゼロだが、負けた次の節で4戦全勝とすべて勝っているのは町田だけだ。
決して芳しいものではなかった開幕前の下馬評を、鮮やかに覆す快進撃を続ける秘訣はどこにあるのか。町田の強さを紐解く言葉のひとつに、実は意外な響きを伴うものがある。それは「悲劇感」となる。
前半戦で最後の一戦となった、6月22日のアビスパ福岡とのJ1リーグ第19節。両チームともに無得点で迎えた町田GIONスタジアムのロッカールームに、実は「悲劇感」が充満していた。発信源は黒田剛監督。直近の4試合で3度先発し、そのうち2度でフル出場とプレー時間を伸ばしているボランチの下田北斗が言う。
「悪くはないけど、でも良くもないというか。こういった試合展開のときこそ、罠が待っているというか。このまま自分たちが何も変えなければ失点を食らう、といった話を監督はしていました。しっかりと危機感をもって臨んだ後半は少し押し込まれる場面もあったので、そこは反省して次にパワーを出せるようにしたい」
高校サッカー界の強豪、青森山田から異例の転身を遂げて2シーズン目。指揮官が「悲劇感」を発信するのは試合中だけではない。練習やミーティングを含めた日常から、気がつけば伝えられていると下田は続ける。
「もちろんポジティブな声がけもしてくれますけど、ここで緩めたら落とし穴があるとか、そういったところで選手に隙を作らせないような声がけをしてくれるところが悲劇感だと思っている。勝った試合でも反省材料がある、まだまだ自分たちが徹底している部分を高めなくちゃいけないと、ミーティングでも提示される。慢心といったものはなかなか生まれないし、ちょっとした隙が見えればみんなで消し合うような雰囲気が生まれている」
選手たちも「悲劇感」を自分自身にも向けている。胸中に手応えと危機感を同居させている、と現状を振り返った下田は、その割合を聞かれると「まあ……半々ぐらいじゃないですかね」と苦笑いを浮かべた。
開幕直前に負った怪我で出遅れ、町田に移籍加入後で初めて先発するリーグ戦がサンフレッチェ広島との第6節までずれ込んだキャプテンのDF昌子源は、最終的にはスコアレスドローに終わった福岡戦を、チームとして4試合ぶりにマークした無失点にフォーカスしながらポジティブに受け止めた。
「そもそも個人的には結果を残している、とは思っていない。チームは首位にいますけど、周りのみんなに支えられたところも大きいし、その意味でも久々の無失点は大きかったんじゃないかな。無失点が町田の最終ラインに求められる責任でもあるので、これからもまずは無失点を意識して、その上で勝てるようにしていきたい」
ただ、勝って兜の緒を締めよ、を町田に関わる全員の合言葉としながら、一戦ごとに積み重ねてきた末に手繰り寄せた首位ターンを、昌子は「決して偶然ではなく、必然でこの位置にいる」と受け止めている。
「町田のコンセプトというものがあるなかで、それをしっかりと実践できた試合はやはり勝っているし、その積み重ねがチームの自信になってきたのは間違いない。逆に実践できなかったかな、と思い返すような試合はやはり負けているし、その意味でたとえ初挑戦のJ1でも、必然に導かれてこの位置にいると思いたいですよね」
昌子が言及した町田のコンセプトとは、大枠では失点と連敗を頑なに拒絶するメンタリティーとなる。さらに具体的には球際のインテンシティーで常に相手を上回る激しさであり、少ない手数で素早く敵陣に迫る攻撃であり、相手選手にシュートそのものを打たせず、あるいは自陣のゴール前に攻め込ませない守備となる。
福岡戦から中3日の26日に待つ後半戦の初戦は、コンセプトを徹底する上でまたとない相手となる。国立競技場が舞台だった4月の前半戦で1-2と敗れたヴィッセル神戸のホーム、ノエビアスタジアム神戸に乗り込む。
再び中3日でパナソニックスタジアム吹田に乗り込む、30日のガンバ大阪戦を含めて、昌子は「生半可な気持ちでは絶対に勝てない」と引き締める。折り返した順位で、連覇を目指す神戸は勝ち点6ポイント差の4位で、5連勝と波に乗るガンバは勝ち点2ポイント差で、得失点差で鹿島の後塵を拝する3位でともに町田を追っている。
昌子の古巣・鹿島とは最終節で対戦…後半戦で優勝争いの行方は
4月の神戸戦でベンチ入りするも、リザーブのまま敗戦を見届けた昌子が言う。
「後半戦はいきなり神戸とガンバで、前半戦でいえば神戸には負けていて、ガンバとは開幕戦で引き分けている。その前半戦で僕らが首位で折り返した勢いといったものは全く関係なく、もう一度新たな気持ちでしっかりと挑まないといけない。順位的にも2チームは優勝争いをしていく上で強力なライバルになるし、中3日で続くし、いずれもアウェーですけど、しっかりと勝てるように準備していきたい」
特に4月の神戸戦では、U-23日本代表に招集されたMF平河悠とFW藤尾翔太が不在で、守護神・谷晃生が出場停止だった。彼らが全員揃う一方で、DFチャン・ミンギュら筑波大学との天皇杯2回戦で負傷した4人、そして韓国代表での活動中に怪我をしたFWオ・セフンらの出場は微妙。いずれにしても総力戦になる。
さらに2巡目の戦いとなる後半戦は、これ以上は町田に首位を走らせてなるものかと、各チームのマークが厳しくなるだろうし、プロの意地にかけて何らかの対策も講じてくるだろう。昌子も気持ちを引き締める。
「もちろん町田が求めるサッカーを、なかなかやらせてくれない試合もある。それでも最低で勝ち点1を、優勝争いを続けるのであれば勝ち点3を取れるようなチームにしていかないといけない。順位表のトップ5に限らず、上位につけているチームは、そういう試合でも勝ち点3をもってこられるチームばかりなので」
後半戦の試合日程を追っていくと、昌子にとって、運命に導かれたようなカードが12月8日の最終節に待っている。現時点で2位につける古巣・鹿島アントラーズと、敵地・県立カシマサッカースタジアムで対峙する。
「そこはまだ考えたくないというか、もう少し近くなったときに、順位がどうなっているのかもあるので」
鹿島との優勝争いを問う質問を、やんわりとかわした昌子は一方でこんな言葉を紡いでいる。
「1つだけ言えるのは、やはり(優勝争いから)離脱したくはないですよね。同じ相手に2度勝てるほど後半戦は甘い世界ではないし、もしかしたら初めて連敗を喫するかもしれないし、簡単にはいかないとわかってはいるけれども、それでも2位になろうが3位になろうが、最終節まで優勝争いを続けていきたい」
ホームに鹿島を迎えた3月の第3節では、平河のゴールを守り抜いた町田が1-0で勝利するも、初めてベンチ入りした昌子に出番は訪れなかった。果たして昌子を、そして町田をどのようなドラマが待っているのか。J2から昇格して即優勝したのは2011シーズンの柏レイソルだけ。初めてJ1に昇格したチームの即優勝となると、当然ながら前例がない。首位ターンした町田が「悲劇感」を共有しながら、残り19試合で歴史的な偉業に挑む。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。