パリ五輪で飛躍期待の23歳FWが町田を首位に導く「冷静」と「貪欲」 抜群のバランスで指揮官も信頼【コラム】
パリ五輪世代の藤尾翔太は東京ヴェルディ戦で大活躍
周囲の状況を的確に見極める冷静さと、ゴールだけを追い求める貪欲さ。J1リーグの首位に立つFC町田ゼルビアのパリ五輪代表候補、23歳のFW藤尾翔太は対極に位置する姿勢を抜群のバランスで共存させている。
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ともにJ2から昇格を果たした東京ヴェルディから、怒涛の5ゴールを奪って零封勝ちした19日のJ1リーグ第15節。ホームの町田GIONスタジアムで、現在進行形で進化する藤尾の武器が何度も発揮された。
ヴェルディのオウンゴールとなった前半11分の先制ゴールは、藤尾の一瞬の判断に導かれていた。
敵陣の右サイドでセカンドボールを回収した右サイドバックの鈴木準弥が、ボランチの仙頭啓矢へパスを預けた直後。右サイドにいた藤尾はヴェルディの左サイドバック、翁長聖の背後を突いて裏へ抜け出した。あうんの呼吸で仙頭から絶妙のパスを受け取った直後のプレーを、藤尾は次のように振り返る。
「啓矢くん(仙頭)からパスをもらったときに、自分がシュートを打つ選択肢もありましたけど、ゴールキーパーとディフェンスの間に入れれば、味方の誰かが入ればゴールやし、誰も触らなくても相手が触ればゴールになると考えたので。あの場面で速いクロスを入れた選択は、間違っていなかったと思っています」
ゴール前を高速で通過していくグラウンダーのクロスに、ヴェルディの守護神マテウスは反応できない。ファーサイドには町田のFWオ・セフンとFW藤本一輝が詰めている。ボールはクリアしよう飛び込んだヴェルディの右サイドバック、宮原和也の左をかすめて、左、右とゴールポストに当たった末にゴール内に転がった。
自身のゴールと言ってもいい、計算通りの先制点に藤尾は両手をあげてガッツポーズを作って笑顔を弾けさせている。その脳裏には、黒田剛監督が何度も唱えてきた指示が刻み込まれていた。
「チャンスになったときに、ゴールの可能性が一番高いプレーを選択しろと常日頃から言われているので」
一方でストライカーに必須とされる、エゴイスティックなマインドも決して忘れてはいない。
「僕自身も数字はやはり気にするし、そこはゴールを決め切れば大丈夫だと思うので。なので、自分が決め切る部分と、パスを出した方がゴールの可能性が高いのならばそちらを、といったなかで選択しています」
こう語った藤尾が、貪欲さを前面に押し出してゴールを狙ったのは前半29分だった。右サイドで得たスローイン。町田の十八番、ロングスローを警戒するヴェルディを逆手に取る形で、鈴木が普通のスローインで後方のボランチ柴戸海へ預け、リターンをもらってから狙い済ましたクロスをあげた瞬間だった。
「準弥くん(鈴木)からボールが上がってくる前のタイミングで、駆け引きを終わらせたかった」
こう振り返った藤尾は、マークについていたヴェルディのセンターバック、林尚輝を手玉に取っている。
「一回相手の後ろに入って、自分が入っていきたいスペースを先に空けておいて、ボールが来るタイミングでうまく前に入れた感じです。いいタイミングでボールが上がってきたし、ボールの質もすごくよかった」
鈴木のクロスに感謝した藤尾がゴール中央でダイビングヘッドの体勢に入ったときには、林を含めて、ゴールを阻止するヴェルディの選手は誰もいなかった。ゴール左隅に流し込まれた一撃に、マテウスも反応できない。シナリオ通りのゴールだったのか、と問われた藤尾は「そうですね」と胸を張って答えている。
ロングスロー対策が施されると見越した上で、ヴェルディ戦へ向けて練習してきた形が完璧にはまった。U-23日本代表に招集され、パリ五輪切符とアジア王者を手土産にU-23アジアカップから帰国した藤尾が、町田に復帰後で初めて決めたゴールには貪欲さと緻密な計算とが融合されたプレーから生まれていた。
監督から認められたPKキッカー
後半15分にはリードを3点に広げるPKを決めた。PKキッカーを任されるのは今シーズン2度目。最初は3月30日のサガン鳥栖戦。3-1で迎えた後半42分に巡ってきたが、ゴール左へ外していた。
ヴェルディ戦では、U-23代表をともに戦ったMF平河悠がペナルティーエリア内で倒された。そのまま続行させていた中村太主審は、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の介入を受けて試合を中断。交信を交わした後に、ピッチ外のレビューエリアへ向かってOFR(オンフィールド・レビュー)を実施した。
スタジアム内の大型映像装置に映し出された、平河が倒される瞬間を見ながら藤尾は精神を集中させた。
「VARが入って(大型映像装置の)映像を見たときに『多分、PKやな』と思ったので、ずっと心の準備をしていました。今日は監督から、僕が(PKを)蹴っていい、みたいな感じで言われていたので」
予想通りに判定が変更される。PKを獲得した平河から「決めろよ」とエールを送られた藤尾は、ペナルティースポットにボールをセットし、大きく息をついてから助走に入った。そして、ボールの直前で急停止。対峙するマテウスの動きを見極めた上で、蹴るコースを決める作戦で臨んでいた。藤尾が続ける。
「一回パッと止まって、キーパーを見たときに思ったよりも動いていなかったので、両サイドに速いボールを蹴れば入ると思いました。狙いすぎた部分はありますけど、あの辺を狙わないと多分入らなかったので」
藤尾が瞬時に狙ったのはゴールの右隅。キッカーが止まった動きに惑わされず、必死に我慢したマテウスも同じ方向へダイブしてくる。しかし、コントロールがより重視された一撃に、マテウスが必死に伸ばした左手も届かない。右ポストの内側に当たり、ゴール内へ転がった今シーズン5ゴール目が藤尾を苦笑させた。
シーズン開幕後の昨年3月に、藤尾はセレッソ大阪から育成型期限付きで加入した。初対面で抱いた印象を、黒田監督は「ひょろっとした感じで、使えるのかな、といった不安もありました」と打ち明ける。
今シーズンの藤尾のサイズは身長184cm体重79kgで体重は約4kg増えた。オフには完全移籍に切り替え、U-18から心技体を磨いてきたセレッソに別れを告げた藤尾の変貌ぶりに、指揮官は目を細める。
「真摯に体作りに取り組み、センターバックをはじめとする相手の大柄な選手に負けない体を作り上げ、さらに持ち前の相手の背後に抜ける動き、ダイアゴナルランを彼の武器として磨き上げてきた。明るい性格に加えて努力する精神も持って、町田のストライカーとしての責任を持って日々のトレーニングに取り組むようになって、彼への信頼がチーム内で確立された。この1年間で本当に大きく成長してくれたと感じている」
黒田監督がこう語っていたのは、U-23アジアカップで藤尾がチームを離脱する直前だった。カタールの地では8大会連続の五輪出場がかかった重圧とも闘いながら、1トップと右ウイングのポジションで全6試合に出場。目標をすべて成就させ、気持ちも新たにJ1に臨んでいる藤尾の最初のゴールを黒田監督も評価する。
「藤尾は頭ひとつ抜け出して決める形を得意としている。まさに貪欲さが生きたゴールだった」
ヴェルディ戦では冷静さとも貪欲さとも異なる、藤尾のもうひとつの武器も際立っていた。オ・セフンと連動して仕掛け続ける愚直なプレス。前線から何度も相手のプレーを限定し、平河と藤本の2列目、仙頭と柴戸のボランチが続いた積み重ねが、11戦連続無敗だったヴェルディを沈黙させたと藤尾は満足そうに言う。
「ヴェルディは7番の森田(晃樹)選手にボールが入ると攻撃のスイッチが入る。なので、森田選手に入れられへんように気にしながら、前線からのプレスもやめないように意識しました。ヴェルディも無得点でしたし、あまりボールをゴールに運ばれてもいないので、いい形だったんちゃうかなと思います」
黒田監督がすべての選手に求める球際の激しさと素早いトランジション、ハードワークの3か条を実践。その上でチャンスを迎えたアタッカーに課される状況判断力もフル回転させ、さらにストライカーの嗅覚とエゴイズムをも脈打たせる藤尾の成長曲線と、町田が首位を快走する軌跡が鮮やかに一致している。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。