川崎逆襲のキーマンに与えられた新たな役割 変則システムも…新構成の舞台裏「諦めていない」【コラム】
川崎の遠野大弥が浦和戦で果たした仕事
前半の途中から川崎フロンターレのインサイドハーフ、遠野大弥に新たな、なおかつ重要な仕事が増えた。ホームのUvanceとどろきスタジアムに浦和レッズを迎えた3日のJ1リーグ第11節。遠野に託されたのは、アンカーの位置で浦和の攻撃を差配するサミュエル・グスタフソンを“消す”役割だった。
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後半に2ゴールを奪い、最終的には3-1で浦和を撃破。3月30日のFC東京戦以来、6試合ぶりとなるリーグ戦の白星をあげた試合後の公式会見。拮抗した展開となった前半に、川崎の鬼木達監督が言及した。
「もともとこの試合に挑む前から、キーになるのはそこだ、というのはわかっていました。それでも自分たちの形を押し出しながら、そこを上手に消しながら試合を進めたかったという考えがありました。前半は先制できましたが、そこを抑え切れていない感じがあったので、前半途中の段階で修正をかけました」
短い間に3度も言及した「そこ」こそが、スウェーデン代表に名を連ねる25歳のグスタフソンだった。何が川崎にとって脅威だったのか。遠野とインサイドハーフを組んだ、キャプテンの脇坂泰斗が言う。
「ほぼほぼ彼から攻撃が始まるし、パスの質もすごく高かったので、やはり彼を消さないとダメだ、と」
試合は前半18分に脇坂のゴールで川崎が先制した。しかし、時間の経過とともにグスタフソンが自由に動くようになり、鬼木監督が対策を講じようとした矢先の35分に、FW大久保智明に同点ゴールを喫してしまう。絶妙のクロスでアシストしたのはFW中島翔哉。そして、中島へパスを通したのがグスタフソンだった。
1-1で迎えたハーフタイム。指揮官は選手たちに対して「もう、そこだ」とシステムの変更を介したグスタフソン封じを明確な形で伝えた。主戦システムの4-3-3でキックオフを迎えた川崎は、前半の途中から遠野を前線へ上げる変則的な4-4-2のもとで、グスタフソンを“消す”役割を託していた。
しかし、同点で折り返した状況で、勝利をもぎ取るためにはゴールも求めていかなければいけない。選手交代を行わずに臨んだ後半は、遠野および選手たちへ、より難解に感じられる指示が与えられた。鬼木監督から寄せられる厚い信頼のもとで、隠れたキーマンと言っていい役割を演じた遠野が振り返る。
「前半の途中からグスタフソン選手のところが空いてしまい、自由にプレーさせていたので、まず4-4-2になって自分が消す形で修正しました。後半は4-2-3-1のなかで僕がマンツーマン気味について、攻撃時には4-3-3に可変しながら、チャンスになったら前へ出る、という感じでうまくやれました」
グスタフソン対策の効果はてきめんだった。浦和が最終ラインから攻撃を組み立てようとすると、グスタフソンとの間に遠野が入ってパスコースを消した。それでもグスタフソンにボールが入りそうな状況になると、今度は遠野が自身の姿を見せるようにグスタフソンの間合いに入ってプレッシャーをかける。
グスタフソンのプレーエリアがだんだん低くなり、その分だけ脅威が減っていったと脇坂は言う。
「マンマークに近い形で後半に入った結果、グスタフソン選手を前向きにプレーさせない、というところは多少できたと思う。彼に気を取られすぎてインサイドハーフを空けてしまった、といったところは課題ですけど、あれだけ質の高い選手がいると守り方も変えざるをえなくなる。その意味で今日はうまく対応できたと思う」
試合は後半4分に川崎のセンターバック、佐々木旭がハーフウェイライン付近から40m近いドリブル突破でペナルティーエリア内へ侵入し、迷わず右足を振り抜いて豪快な勝ち越しゴールを決めた。遠野は同24分にMF瀬古樹と交代し、グスタフソン封じは脇坂や途中から入ったフレッシュな中盤の選手に引き継がれた。
後半アディショナルタイム3分には、カウンターからFW家長昭博が今シーズン初ゴールをマークして突き放した。前日練習後に首脳陣や選手だけでなく、チームスタッフらがグラウンドに集合。5月以降の巻き返しへ向けて思いを共有したなかでつかんだ勝利の価値を、遠野は神妙な口調で振り返っている。
貫いた姿勢に込められた思い「まだまだ諦めていない」
「昨日に選手やスタッフ全員を集めてそういう話をしたので、やはり絆といいますか、グループの一体感を持って今日の試合に挑めた。苦しいゲームでしたけど、1点を取られても自分たちは後半絶対に巻き返せる、といった自信をハーフタイムにみんなで共有できていたし、誰一人としてあきらめていなかった。何て言うのかな、シーズンもまだまだあきらめていない、という姿勢をこの試合で見せられたと思います」
静岡・藤枝明誠高からJFLのHonda FC入りした遠野は、3年目の2019シーズンにJFLベストイレブンに選出。天皇杯で北海道コンサドーレ札幌、浦和とJ1勢を撃破し、チームをベスト8に導いた活躍が評価されて川崎へ移籍。2020シーズンはJ2のアビスパ福岡へ期限付き移籍し、11ゴールをあげてJ1昇格に貢献した。
中2日の6日には古巣となる福岡のホーム、ベスト電器スタジアムに乗り込み1-1のドロー。遠野のゴールはなかったが、プロの世界を生き抜いていく自信をつかんだ思い出深いベスト電器スタジアムで躍動を見せた。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。