トルシエ監督解任は電撃ではない? ベトナム関係者が明かす“潮目が変わった”瞬間【コラム】

ベトナム代表を解任されたフィリップ・トルシエ【写真:Getty Images】
ベトナム代表を解任されたフィリップ・トルシエ【写真:Getty Images】

W杯アジア2次予選でインドネシアに2連敗で3月26日に解任

 ベトナムサッカー協会(VFF)は3月26日、ベトナム代表のフィリップ・トルシエ監督を解任した。

 2002年の日韓ワールドカップ(W杯)で日本代表を率いていたトルシエ監督は、2023年2月27日に韓国人のパク・ハンソ監督から引き継ぐ形でベトナム代表監督に就任。24年1月にはアジアカップのグループリーグ初戦で日本と対戦し、日本に先制されたものの一度は逆転する。最終的には2-4の敗戦になったが、優勝候補を苦しめたと称賛する声もあった。

 一方で、カタールで会ったベトナム人記者の中にはトルシエ監督に対して懐疑的な目を向ける人物もいた。アジアカップ開幕前には「この大会で一番大事なのは第2戦のインドネシア戦。北中米W杯アジア2次予選でも同組で、実力も似ている。ここに負ければトルシエ監督は解任だろう」と予想していた。

 そのインドネシア戦でトルシエ監督は試合経験の浅い選手を多く使い、0-1で敗れた。だが、記者は「日本に善戦したことと、選手起用を変えて負けたのはW杯予選に向けて手の内を見せなかったから、という理由が成り立つので解任されないだろう」と分析していた。

 グループリーグ第3戦、ベトナムはこちらもW杯アジア2次予選で同組となっているイラクに2-3と敗れたが、退場者を出しながらも1点差に追い詰めていた。結局、アジアカップ後もトルシエ監督は続投する。

 しかし、3月21日に再開したW杯アジア2次予選でインドネシアのアウェー戦に0-1で敗れ、26日にはホームで0-3と連敗したために解任ということになってしまった。

 ベトナム国内の受け止め方について、元ジェフ千葉のアカデミーアシスタントで現在はベトナム在住、ベトナムクラブとJクラブの提携の仲介などを行っている進藤大輔氏は、こう語る。

「アジアカップの時の記者の発言は、世間の声もほぼそのとおりだったと思います。日本相手に少しいいサッカーができました。そしてパク前監督とトルシエ監督を比べてボールポゼッションや勝率を比較するような記事が出て、トルシエ監督の考えを理解しようという流れがありました。問題だったのは、日本に善戦したことでVFFが日本戦のあとにボーナスを出したことです。勝てなかったのに。だけど、まさかそのあと1勝もできないでカタールをあとにするとは思っていなかったようでした」

ベトナムクラブとJクラブの提携の仲介などを行っている進藤大輔氏【写真:本人提供】
ベトナムクラブとJクラブの提携の仲介などを行っている進藤大輔氏【写真:本人提供】

インドネシアを率いているのが韓国人のシン・テヨン監督という事実も引き金に

 ベトナムはアジアカップで0勝3敗、4得点8失点で終わった。この時点でトルシエ監督に対する不満は限界まで来ていたようだ。そしてW杯アジア2次予選でインドネシアと対戦する前に、すでに不穏な空気が流れていたという。

「ベトナムの大手クラブ、ホアンアイン・ザーライのドアン・グエン・ドゥク会長が露骨にトルシエ監督批判を始めました。ドゥク会長は私財を投げうってクラブのアカデミーを作ったり、ベトナム代表を支えたりしている人物です。一時VFFの副会長を務めたり、パク前監督を呼んできたりという功労もあります。そのドゥク会長が声をあげたので一気に世間もそちらになびきました。そうなるとVFFも無視できません」

 そして、東南アジアのライバルでもあるインドネシアに2連敗したことで、一気に解任が現実化した。特にアウェーゲームでの失点が物議を醸した。

 後半7分、インドネシアがこの試合で唯一のゴールを挙げたのはロングスローから。その時に反応が遅れた2人の選手はトルシエ監督が目をかけていた若手選手だった。

 もっともアジアカップで日本もインドネシアにロングスローから失点を喫している。決して弱い相手ではないのだが、そこにはもう1つ別の感情もあった。

「パク前会長の時はインドネシアに負ける気がしなかったのですが、トルシエ監督になって3連敗しました。しかもインドネシアを率いるのはシン・テヨン監督で、パク監督ならシン監督には負けていないという思いもあったのです。それで余計に批判が高まりました」

 かくしてベトナムはW杯アジア2次予選を2試合残した段階で監督を交代させることになった。このグループFはイラクが4連勝の勝ち点12でトップ、2位はインドネシアで2勝1分1敗の勝ち点7、3位ベトナムは1勝3敗の勝ち点3となっている。数字上はまだグループリーグ突破の可能性は残しているが、厳しい戦いであることは間違いない。

(森雅史 / Masafumi Mori)



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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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