V川崎・三浦カズの腕章が「エルメス製」だった…演出は“あの人物” J開幕前日の発表に衝撃【コラム】

松永成立と握手を交わす三浦知良【写真:Getty Images】
松永成立と握手を交わす三浦知良【写真:Getty Images】

日本にたった1つしかない、オリジナルの腕章を巻いてJ開幕戦のピッチへ

 旧国立競技場のピッチ上を、さまざまな色のレーザー光線が飛び交う。幻想的な空間には、騒音が酷いとして数か月後には使用禁止や販売自粛措置が取られるチアホーンの甲高い音色が間断なく響いている。

 スタンドでキックオフを待つファン・サポーターの頬は、歴史的な開幕戦に臨むヴェルディ川崎の緑色、横浜マリノスのトリコロールカラーのフェイスペインティングで彩られている。そして、手首には自然と切れたときに願いごとがかなうと伝えられ、当時大流行していた手芸の組み紐ミサンガが巻かれている。

 期待と興奮が交錯するなかで、Jリーグの川淵三郎初代チェアマンが開会宣言を高らかに読み上げた。

「スポーツを愛する多くのファンの皆様に支えられまして、Jリーグは今日ここに大きな夢の実現に向かってその第一歩を踏み出します。1993年5月15日、Jリーグの開会を宣言します」

 オリジナル10と呼ばれる、1993シーズンを戦った10チームから選ばれた2チームが入場してくる。先頭に立つキャプテン、ヴェルディはFWカズ(三浦知良)が、マリノスはDF井原正巳と当時の日本代表を牽引していた2人がそれぞれ務めている。そして、カクテル光線に照らされたカズの左腕は異彩を放っていた。

 黒色の模様が不規則に入っている黄色地のキャプテンマークには、スポーツ用品メーカーのロゴマークが見当たらなかった。理由は単純明快。実は日本にたった1つしかない、オリジナルの腕章だったからだ。

 大一番を翌日に控えた14日にヴェルディの初代社長、小川一成氏(故人)がクラブハウスに集まっていたメディアの前で、カズに関するサプライズを明かした。それはフランスの高級ファッションブランド、エルメス製のスカーフを、婚約中だった設楽りさ子さんが特別に仕立て上げたキャプテンマークを巻くことだった。

 カズはブラジルから1990年7月に帰国し、ヴェルディの前身、読売クラブに加入した。以来、待望のプロ化へカウントダウンに入った日本サッカー界をピッチの内外で牽引してきた。時代の寵児が臨む夢舞台へ、華やかさにスペシャル感を添えて送り出したい思いが、特製キャプテンマークに込められていたのだろう。

 たった1試合だけ、それも国立競技場で開幕戦が、ヴェルディとマリノスの顔合わせになったのも自然の流れだった。アマチュアだった日本リーグ時代の終盤から、読売クラブとマリノスの前身である日産自動車は覇権を競い合い、同時に代表へ数多くの選手を輩出。人気と実力の両面で飛び抜けた存在だった。

 チケットは全席指定席とされた。購入希望者は郵送で申し込むシステムが採用されたなかで、倍率は約14倍に達した。当日の入場者は5万9626人を数え、試合はNHK総合で生中継された。19時30分にキックオフを迎えたのは、19時から30分間のニュース番組を必ず放送するNHKのタイムテーブルに合わせたためだ。

 カズには別の期待もかけられていた。開幕戦の先制ゴールが、イコール、Jリーグの第1号ゴールとなる。果たして、開始19分にペナルティーエリアの左外、ゴールまで約45度の角度から強烈な弾道のミドルシュートを突き刺し、歴史に名前を刻んだのはヴェルディの新外国人FW、オランダ出身のマイヤーだった。

 試合は後半にMFエバートン、初代得点王を獲得した新外国人FWラモン・ディアスの連続ゴールで逆転したマリノスに軍配が上がった。平均視聴率は32.4%を記録。日本リーグ時代から続いていた、マリノスの対ヴェルディ戦における連続不敗試合記録はこの時点で17(13勝4分け)にまで伸びていた。

カズが今思う「Jリーグ」への思い「ハングリーになってプレーするのが大事」

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 翌日に行われた4カードを含めて、1993シーズンの1stステージ、サントリーシリーズ開幕戦に出場した選手でいまも現役でプレーするのは、ポルトガル2部のオリヴェイレンセに所属するカズだけになって久しい。

 アメリカ・ワールドカップ(W杯)出場を懸けたアジア1次予選が直前まで行われていた31年前は、日本代表を優先させる形でJリーグ開幕も5月15日に設定された。必然的に過密スケジュールとなった状況下で、選手たちは延長戦だけでなくPK戦まで行われたリーグ戦を基本的に週に2試合、怪我と背中合わせで戦い続けた。

 カズは「あの頃とはすべてが違うので、今とはなかなか比べられないんですよね」と前置きしながら、1993シーズンを振り返ったことがある。産声をあげてから四半世紀を迎えた、2018シーズンの開幕前だった。

「今はどうしても技術や戦術が先に来るけど、勝負ごとの根本的な部分にあるものはやはり気持ちだと思う。あのころは何とかサッカーをみんなに見てもらいたい、サッカーがどのようなものなのかを分かってほしいと思って必死にプレーしていた。みんなのなかに情熱というものがあったと思う。そういった初心に、僕自身を含めてもう一回帰るというか、みんながハングリーになってプレーするのが大事じゃないかなと思う」

 今現在の選手たちに情熱がないわけでも、必死さが欠けていると言っているわけではない。それでも、日本にプロリーグがある環境が当たり前になったなかで、黎明期をリアルタイムで知らない選手たちが、ファン・サポーターが増えてきたからこそ、永遠に心に留めておくべき先人たちの思いがあると伝えたかった。

 そして、技術や戦術を超越する次元で、あらん限りの情熱をぶつけ合った象徴が、ヴェルディとマリノスが対峙した1993年5月15日の開幕戦となる。そのヴェルディが16年ぶりとなるJ1復帰を果たした今シーズン。新国立競技場を舞台にした開幕戦の相手としてマリノスが選ばれた。一夜明けた26日に57歳になるカズは遠くポルトガルの地から、次代へ受け継がれる瞬間や場面が刻まれてほしいと願っている。

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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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