「こんなことあってはならない」 なでしこ主将・熊谷、前代未聞の事態に苦言も腹をくくる覚悟【コラム】

北朝鮮に向けて調整を行ったなでしこジャパンの選手たち【写真:早草紀子】
北朝鮮に向けて調整を行ったなでしこジャパンの選手たち【写真:早草紀子】

日本は試合の4日前にサウジアラビアへ出発

 パリ・オリンピックアジア最終予選、2月24日に行われる北朝鮮とのアウェー第1戦のキックオフ時間(現地時間16時04分、日本時間22時04分)と会場(プリンス・アブドゥッラー・アル・ファイサル・スタジアム)が22日未明(日本時間)にようやく確定された。なでしこジャパン(日本女子代表)は、アジアサッカー連盟(AFC)からの「サウジアラビア開催の準備をするように」という連絡を受け、20日の夜にすでにサウジアラビアへ向けて出国し、現地入りをしている。この状況、前代未聞である。

 この大混乱は、AFCが2月8日に北朝鮮に対して、「中立国開催の候補地提出を指示」したという連絡から始まった。日本と北朝鮮によるホーム&アウェーの決戦は、昨年10月のアジア2次予選の結果で決定されていた。期日までに平壌で行う予定であることは伝えられたが、その後、練習会場や宿泊場所などの詳細が日本側に提示されることはなく、いたずらに時だけが経過していく。定期便が就航していないこと、運営面のトラブルから予定していたスタジアムが使用できなくなるなど、解決案がないまま決戦の2月に突入した。

 AFCがようやく重い腰を上げて、北朝鮮に“指示”を出したのがすでに試合が差し迫ったタイミングというのも判断が遅すぎる。国内調整最終日となった2月20日、佐々木則夫女子委員長が明らかにしたサウジアラビア開催に至るまでの流れを整理する。

 第1戦の開催地が白紙となった状態のまま、13日からなでしこジャパンは国内合宿をスタートさせた。18日までに各国でリーグ戦を戦い終えた長谷川唯(マンチェスター・シティ)、千葉玲海菜(アイントラハト・フランクフルト)、古賀塔子(フェイエノールト)が遅れて合流。熊谷紗希、南萌華(ともにASローマ)が19日に帰国したが、清水梨紗、林穂之香、植木理子(全員ウェストハム・ユナイテッド)、長野風花(リバプールFC)は開催地決定の情報が入りそうだということで急遽ロンドンで待機という措置を取っていた。

 試合5日前となる19日、AFCから開催地がサウジアラビアのジッダに絞られたことが伝えられ、その日のうちにビザを取得。移動航路を確保し、翌20日夜にジッダへ向けて2便に分かれて出国した。現地時間21日にロンドン組も全員現地入りし、早速午後からトレーニングを開始している。

サウジアラビアでの中立地開催に臨む【写真:早草紀子】
サウジアラビアでの中立地開催に臨む【写真:早草紀子】

北朝鮮は中国開催を模索も実現せず

 なぜここまでの異常事態に陥ったのか。

 北朝鮮としては、自国開催の可能性が限りなくゼロになったAFCからの“中立国開催の指示”後、優先したのはお隣・中国での開催だった。気候も似通っており、列車による移動も可能で負担も軽減される。当初、AFCから推薦されていたサウジアラビア開催を一度は断ったという。最後まで中国開催を模索していたが、最も人々が賑わう春節(旧正月)時期。結局、中国側の受け入れ態勢が整わなかった。この時点で候補地はサウジアラビアに絞られた。なでしこたちが日本を発った時点ではまだ“開催予定の方向”という段階だったが、暑熱対策も踏まえ、迅速な出国となった。

 ただ、日程だけを見れば、もともと20日に開催地へ出国する予定となっており、どこに行くかは定まってはいなかったが、トレーニングメニューは予定通り進んだ。国内組が所属するWEリーグは現在、ウィンターブレイク中であるため、コンディションの引き上げが最重要課題ではあった。しかし、開催国が中国となれば日本よりも厳しい寒さを想定しなければならず、サウジアラビアになれば暑熱対策が必要となる。両極端の選択肢に備えてスタッフは準備に追われることになった。

 国内合宿を進めるにあたり、池田太監督が選手たちに伝えたことがある。

「どこでやるかは決まっていないが、どこと戦うかは決まっている。今、自分たちがやるべきことをやろう」

 選手たちも情報に惑わされることなく、コンディションを上げ、男女大学チームとの合同トレーニングなどで北朝鮮対策に取り組みながらの8日間だった。

 こんな状況下で選手たちからも腹をくくった発言が多く聞かれた。

 熊谷は「こんなことはあってはならない。オーガナイズする方にも(選手たちを)ベストコンディションで臨ませる責任はある」と苦言を呈すも、「これを言い訳にできない。変なストレスを抱えないことと、試合に集中していく形を作ることが一番重要。自分のやれることに全力を尽くすだけだと思ってます」と表情を引き締めていた。

「飛行機でも寝られるタイプなので(移動の疲労は)気にし過ぎてはいないです。筋肉痛と一緒(笑)。やり始めたらやるしかないから全然動けないってことはないです」と、長谷川に至ってはもはや頼もしさすら感じる。「負けたらいけない試合ですけど、やっぱり楽しんでやりたい。このプレッシャー、期待どっちもポジティブに捉えてみなさんに注目してもらえるような試合ができたらいいなって思います」と、疲労よりもビッグゲームに想いを馳せている。

 最終日は上着のいらないぽかぽか陽気だったこともあり、元気に半袖でトレーニングをしていた藤野あおば(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)は「今日は暑かったから長袖でやれば良かった…」と少々反省。「湿気があってやりにくいとか、体感的に身体が重いとかあると思いますが、そういうのはこの前のブラジル遠征で経験していて、長時間移動のあとすぐに試合をする、それであれだけできるなら…と、なんとなく自信になってます」と実体験に基づいた手応えがあるようだ。

「憤る気持ちを持っていても、自分たちでどうにかできることじゃない。憤るエネルギーを相手と戦うことに向けての力に使おう」という池田監督の言葉が選手たちの深層まで響いていることは、選手たちの言葉やトレーニング中の表情からも伝わってくる。

 日本よりも1日遅れて北京からサウジアラビアへと出発した北朝鮮。長距離移動は相手も同じだ。日本の暑さの中で試合経験を重ねてきた選手たちだ。実際、これまでの戦いにおいても暑さには強いと断言できる。第1戦までの3日でどこまで移動疲労を回復させ、暑熱対策ができるか、ここまで培ってきた日本の順応性が試される大きな一戦になりそうだ。

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早草紀子

はやくさ・のりこ/兵庫県神戸市生まれ。東京工芸短大写真技術科卒業。在学中のJリーグ元年からサポーターズマガジンでサッカーを撮り始め、1994年よりフリーランスとしてサッカー専門誌などへ寄稿。96年から日本女子サッカーリーグのオフィシャルフォトグラファーとなり、女子サッカー報道の先駆者として執筆など幅広く活動する。2005年からは大宮アルディージャのオフィシャルフォトグラファーも務めている。日本スポーツプレス協会会員、国際スポーツプレス協会会員。

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