J連覇かACL制覇以外は「失敗」 神戸の“新”主将・山口蛍が課すミッション【コラム】
今季は正式に主将へ任命された山口
左腕と背中、そして周囲に新たなパワーを感じながら、山口蛍は国立競技場のピッチを駆け回った。
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カタール・ワールドカップ(W杯)を制したアルゼンチン代表のスーパースター、FWリオネル・メッシがベンチで出番をうかがう米メジャーリーサッカー(MLS)のインテル・マイアミと対峙した2月7日のプレシーズンマッチ。昨シーズンのJ1リーグで悲願の初優勝を果たしたヴィッセル神戸の先頭に立って、山口はまもなくキックオフを迎えるピッチに入場してきた。
左腕には黒と白のストライプ柄のキャプテンマークが巻かれている。昨年7月に退団したアンドレス・イニエスタが、5シーズンに渡って務めてきた大役。2019シーズンから神戸の中盤を支えてきた山口が、昨夏以降はそのまま引き継いだのか。周囲のそうした見方を、山口は苦笑しながら否定した。優勝を決めた直後だった。
「正直に言うと、僕がキャプテンを務めていますけど、夏にアンドレスがいなくなって、その後にクラブ側から正式に言われていたわけではないんですよ。なので、自分がキャプテンだという自覚はあまり持っていなくて」
今シーズンは違った。引き続きチームの指揮を執る吉田孝行監督から、全幅の信頼ともに任命された。同学年のDF酒井高徳、昨シーズンに急成長したDF山川哲史が副キャプテンとして山口を支える。発表されたのは沖縄キャンプ後の2日間のオフを経て、インテル・マイアミ戦へ向けて始動した4日だった。山口が言う。
「やることは変わらないし、あとはサコ(大迫勇也)や(酒井)高徳ら同じ学年の選手が、僕がやらない部分をカバーしてくれるところもある。なので、僕が1人で何かをやる、という状況はあまりないと思うけど、もちろん試合では僕が(キャプテンマークを)巻くなかで、タスクとしてはすごく難しいというか……」
掲げている目線の高さが、山口に「すごく難しい――」とネガティブに聞こえる言葉を紡がせた。
「……成功と言うには正直、リーグ戦を連覇するか、あるいはACL(AFCチャンピオンズリーグ)を獲るかしかない。それ以外は結果的に見れば失敗になるから、その意味ではすごく難しいミッションではあるけど、ただ去年のベースもあるなかで、ある程度自信を持って戦えるのもあるので、そこは自信を持って開幕に挑んでいきたい」
あえて「仕事」を意味するタスクを、大きな責任を伴う「使命」や「任務」を意味するミッションに言い換えた山口の背番号は、神戸加入時から背負い続け、象徴にもなっていた「5」から「96」に変わっている。
背番号の変更が発表されたのは、新チームが始動した1月10日。クラブの公式X(旧ツイッター)には「蛍選手が居らんって思っていたら、まさかの背番号96番って、なにゆえに」といった疑問や、あるいは「蛍さん、苦労を背負うのね」と96を「苦労」だと早合点しながら山口を心配するコメントが寄せられた。
あまりにも大胆で、それでいて想定外の変更だったからか。なかには「ふざけている」や「もう応援できない」と過激なものも含まれていた。渦中の山口は、自身のインスタグラムでこんな言葉を綴っている。
「理由は言わなくてもわかるとは思いますが、@kuro_0607背負って闘います!」
愛犬家で知られる山口は黒色のパグ犬種「クロ」を溺愛し、愛犬用のインスタグラムを開設して微笑ましい写真を投稿している。そのアカウントが「@kuro_0607」であり、新たな背番号はクロに語呂を合わせたものだとファン・サポーターへ向けて説明。さらに「批判的な意見はあるみたいですが」と前置きしながらこう続けた。
「決してふざけているわけでもないし、99番まで選べるってなった去年から96にすると決めていました! 去年は変えられるって知ってから言ったら遅くて無理って言われたので!」
新戦力・井手口陽介の加入で「戦術の幅が広がった」
愛してやまない「クロ」とともに臨む2024シーズンへ。神戸には心強い新戦力が加わった。
インテル・マイアミ戦に出場した選手では、GKを前半はオビ・パウエル・オビンナ(前横浜F・マリノス)、後半は新井章太(前ジェフ千葉)が務めた。スコアレスで90分間を終えた直後。吉田監督も選手も知らなかった、国際親善試合では極めて珍しいPK戦で新井は4人目以降を2本セーブ。神戸を勝利に導いた。
フィールドプレイヤーでは、後半15分から井手口陽介(前アビスパ福岡)、宮代大聖(前川崎フロンターレ)がインサイドハーフとして途中出場。それまで井出遥也とともにインサイドハーフでプレーしていた山口が、一列下がってアンカーを務めた。特に日本代表経験もある井手口の加入に、山口は言葉を弾ませている。
「インサイドハーフのポジションで言えば、僕が前へ相手ボールを奪いに行くところでもう1人いる、というのはすごく大きい。逆に今日の試合のように、陽介が前に入って自分がアンカーに回った場合は、センターバック2枚と僕が(最終ラインに)残る形でリスク管理ができる。そうなれば両サイドバックももっと高い位置を取りやすくなるし、それは昨シーズンまではなかった形なので、その意味で戦術の幅というものが広がったと思う」
セルティックから完全移籍で加入した井手口は、昨シーズンは期限付き移籍した福岡のダブルボランチの一角でYBCルヴァンカップ制覇に貢献した。ただ、ハイプレスを基軸にすえ、中盤の底にアンカーを配置する神戸の戦い方にまだ慣れていないとインテル・マイアミ戦後に打ち明けた。それでも山口は心配無用を強調する。
「まだ福岡のテンポのままの感じがするけど、陽介自身も海外や代表でも経験はあるし、本番までにはうまく連係を取ってくれると思う。タカさん(吉田監督)が最初から使うのか、途中で入れるのかはわからないけど、どちらの形になったとしても、陽介が入ったのはチームにすごく大きなプラスになっている」
大迫&武藤で30点超の昨シーズン…今季目指すには「均等にいい感じ」
井手口がアンカー、山口がインサイドハーフを務める形も可能だし、状況によってはダブルボランチを組む形も可能になる。昨シーズンの後半から好調を維持する扇原貴宏や井出、左右のウイングでもプレーできる宮代や佐々木大樹を含めた多彩な中盤の顔ぶれが、連覇を目指す神戸のストロングポイントになればと山口は言う。
「組み合わせはいろいろあると思うし、しかも相手に合わせながらできるので、そこはちょっと楽しみだなと思っています。昨シーズンはサコ(大迫)とヨッチ(武藤嘉紀)の2人が点を取って、という感じだったので、他の選手がもうちょっと、均等にいい感じで点を取っていけたら、もっと強くなるはずなので」
昨シーズンはキャリアハイの22ゴールをあげて初の得点王を獲得した大迫、FC東京時代の2015シーズン以来、8年ぶりの2桁となる10ゴールをあげた武藤の2人で、神戸の総得点60の半分以上を稼いだ。追われる立場になる今シーズン。得点源であり生命線でもある2人は、当然のように厳しいマークにあう。
だからこそ、相手の対策を上回る攻撃も求められる。大迫へのロングボールを起点とした昨シーズンのパターンに、変幻自在なトリオを組める中盤がイニシアチブを握り、フィニッシュにも関わる形も加えられれば――新生・神戸への手応えを深めながら、山口は再び国立競技場で川崎と対峙する17日のFUJIFILM SUPER CUP、そして敵地ヤマハスタジアムへ乗り込む24日のジュビロ磐田との開幕節への調整を進めていく。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。