Jリーグのクラブ名に企業名は必要か 大きかった世間のアレルギー反応…考えるべきメリットと“見え方のデメリット”【コラム】

企業名入りクラブ名称報道に識者見解(写真はイメージです)【写真:徳原隆元】
企業名入りクラブ名称報道に識者見解(写真はイメージです)【写真:徳原隆元】

「地域密着」の理念が大きく関係

 一部新聞が12月13日に報じたニュースはサッカー界のみならず、広く驚きを持って捉えられた。内容は「来季からJリーグクラブ名に企業名を冠することを解禁する」というものだった。

 そもそも、なぜこのニュースが意外性を持っていたのか。それはJリーグ発足当時、企業名を付けたかったクラブの意向を、当時の川淵三郎チェアマンが強引に抑え込んだからだ。その時の理由として、「地域密着」の理念が掲げられていた。

 その理念がついに曲げられる時が来たのか——と思われたが、すぐにこの報道内容を否定する人物たちが現れる。

 報道から55分後には鹿島アントラーズの小泉文明社長が、「1ミリも実行委員会でも理事会でも議論が出てないですし、この記事が何を根拠に出たのか不思議でなりません。本当に解禁されるなら、僕らクラブ経営者は全く知らない話しです」とX(旧ツイッター)に投稿。水戸ホーリーホックの小島耕社長も、「実行委員会や理事会で議論中の案件が漏れ伝わってしまったのではなく(それもダメだけど)、まったく議論されていない」と同じくXに投稿し、「19日に開かれる理事会で承認されれば、来季から施行」という内容を否定した。

 さらにはJリーグも「一部報道について」として、「本件は、実行委員会や理事会でも全く検討されていない内容」と断言。一様に事実無根であるとした。シーズン移行に関する議論が大詰めを迎えている現在、これほどまでに大きな議題を並行して論ずることはできなかっただろう。

 12月13日に別々の場所で会った実行委員会の内容を知る人物4人に話を聞いてみたが、異口同音に「話にも出ていない」と語り、チーム名の中に企業名が入ることはないと否定していた。いろいろな話をまとめて考えると、19日の理事会で決まることはなさそうだ。

「企業のクラブ」に見えると、応援してくれる人の範囲を狭めてしまう可能性も…

 もちろん、全員で口裏を合わせて否定しているという可能性もある。真偽は12月19日の理事会で話題が出るかどうかで判断するべきだ。また、誰かがメディアを使って煙を立てようとしていたことも考えられる。

 そして、これを報道社が単に「筆が滑った」ということにして終わらせてはならないだろう。記者は何も根拠がないところで記事を出すことはない。

 実際、新型コロナウイルスの影響でJリーグと各クラブが財政的に追い込まれそうになった時、Jリーグの中で「聖域を設けない対策」が講じられ、その中に「クラブ名に企業名を解禁する」という項目があったと聞く。もっとも、その策はかなり優先順位が低く、実行されてはいない。

 それなのに、なぜそんな亡霊がいきなり現れたのか。クラブ名に企業名を入れることを望む人がいるのではないか。実際、12月13日に取材した1人は企業名の導入に賛成という立場だった。

 だったら、まずは企業名の入ったクラブ名にすることで、どんなデメリットとメリットがあるのかを整理しておくことが必要ではないだろうか。

 デメリットとして最初に考えるべきなのは、これまでの「地域のクラブ」という位置づけが「企業のクラブ」という「見え方」になってしまうことだ。

 実際のところ、メインスポンサーに大きく依存している「実質的には企業のクラブ」は存在する。だが、名前から「企業のクラブ」と見えてしまうと、応援してくれる人の範囲を狭めてしまう可能性がある。例えば車メーカーの名前が付いたクラブを、ほかの車メーカーのファンは応援できないのではないだろうか。

 ファンと同じように、自治体も迷うところだろう。これまでは「地域のクラブ」に対して自治体は援助を行ってきた。だが、これが「企業のクラブ」という見え方になってしまっては、補助をするにしても慎重にならざるを得ないはずだ。

 また、スポーツくじ「toto」の対象として考慮しなければならない部分も出てくるのではないか。たとえば同じ企業グループ同士の戦いでも公正に行われているということについて、しっかりと証明する必要もあるのではないだろうか。

メリットは資金面の改善

 ではメリットは――。それはもちろん、クラブの財務が潤う、信用の保証が大きくなるなど、資金面で改善されることになるだろう。チームとしては、上を目指す時に必要とされる財源が確保できれば、企業名を容認してもいいという考えを持つところもありそうだ。

 それでも、今回の報道をJリーグが大急ぎで否定しなければならなかったほど、クラブ名に企業名を入れることに対して世間のアレルギー反応は大きかったようだ。あるJリーグ関係者は「朝から大変でした」と漏らしていた。現状はメリットに対してデメリットのほうが大きく捉えられているということだろう。

 だったら、これでクラブ名に企業名を入れる議論は終わりになるだろうか。心配になるデータもある。それはコロナ前の入場者数に比べると、今年はJ1だけでもまだ50万人戻ってきていない(2019年J1:634万9681人、2023年J1:581万1987人)ことだ。

 そんな現状に、焦りを覚えて脱出口を探しているクラブ経営者がいてもおかしくはない。メリットに対してデメリットが多くても、目の前の資金が必要という場合もありそうだ。もしかすると、今回の報道はそんな恐怖心が背景にあるのではないかと思える。

(森雅史 / Masafumi Mori)



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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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