チェルシー&マンCの降格可能性は「イエス」 プレミアを揺るがず財務違反…一筋縄ではいかないメガクラブへの制裁【現地発】
財務規定違反とその疑惑に揺れるプレミア3クラブ
今季第12節でのチェルシー対マンチェスター・シティ(4-4)が、「最良のプレミアリーグPR」と讃えられたのは去る11月12日。その近代的攻撃サッカーの競演による興奮が冷めやらぬうちに、揃って「降格の危機」が騒がれようとは……。
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あり得るのかと訊かれれば、答えは「イエス」だ。両軍対決の4日後、リーグはエバートンに勝ち点「10」剥奪処分を告げた。理由は、プレミア版「フィナンシャルフェアプレー(FFP)」規則に相当する「PSR」違反。クラブ経営の収益性と持続可能性に関する同規則では、3会計年度ごとに最大で計1億500万ポンド(約196億円)まで損失が許される。エバートンは、2021-22シーズンまでの3年間における損失額が1950万ポンド(約36億5000万円)ほど上限を超えてしまった。
この規則違反1件に対する制裁が10ポイント剥奪であれば、今年2月に115件の違反を言い渡されているシティは、単純計算で三桁台のポイント剥奪でも不思議ではない。チェルシーはリーグによる調査段階。だが、問題視される「袖の下」は合計数千万ポンドに上ると理解されている。
では、結果としてプレミアのステータスが危ぶまれる事態が訪れる現実味はというと、実際は「なんとも言えない」といったところだ。エバートンの場合は、リーグから付託を受けた独立委員会の決定に対し、公式声明で「驚愕」という表現を用いたクラブが控訴に出ても、今季終了前には最終的な制裁決定が見込まれる。だが、シティとチェルシーのケースが同様のペースで進む可能性は皆無に等しい。
それほど、エバートンの違反例とは性質が違う。リーグが処罰の対象としているシティの違反行為は、期間が2009年からの9年間、カテゴリーもPSRのほかに、会計情報、監督や選手への報酬、FFP、調査への協力姿勢と広範囲に及ぶ。エバートンに対する処分でさえ、リーグによる告訴から独立委員会の決定までは8か月。シティのケースで必要とされる時間の長さは推して知るべしだ。
降格処分の可能性も動じる気配のないシティファン
おまけに、調査段階で違反行為を認めていたエバートンに対し、シティは無実を裏付ける「動かぬ証拠」があるとして全面否定を決め込んでいる。今春には、容疑をかけたリーグによる行為の違法性を問い始めており、いざとなれば高等法院はもとより、最高裁判所まで持ち込む勢いだ。弁護団には、ボリス・ジョンソン元英国首相もクライアントに持つ勅選弁護士を迎えてもいる。結果、シティに関する事案は、まだ独立委員会の手に委ねられてさえいない。国内の新聞やポッドキャストで見聞きする限り、FFP専門家の見解は処分が決まるまでに2年から4年となっている。
そのため、サポーターの間にも降格の不安に慌てふためく様子は見られない。第13節リバプール戦(11月25日/1-1)に足を運んだ際に話を聞いたファンも同様だった。1人は、ロンドンからマンチェスターへの列車内で隣に座った30代と思しき男性。ジャック・グリーリッシュのネーム入りレプリカシャツを着て、朝8時前から持参の缶ビールを飲んでいた彼は自信あり気に言った。
「ペップ(ジョゼップ・グアルディオラ)も、クラブを信じていると言っていただろう? プレミアでウチらほど経営陣と監督の距離が近いクラブはない。その監督が完璧に落ち着いているのに俺らがうろたえてどうする?」
もう1人は、エティハド・スタジアムに向かう満員の路面電車で目の前に立っていた年配者。「本当に違反があったのなら処罰を受け入れるべきだが、一番重いプレミア追放があるとは思えない」と言う彼に、「ポイント剥奪なら勝ち点『30』は堅いという見方もあるようですが?」と振ってみると、次のような返答だった。
「なら、例年の勝ち点は『90』前後だから、まだ欧州圏内だ(苦笑)。(前日の会見で)グアルディオラは『3部に落ちたとしてもここに残る』と言っていたが、『そんなことにはならない』という余裕のようなものを感じたよ」
「降格を意味するようなポイント剥奪は、パンドラの箱を開けるようなもの」
チェルシーを巡る状況もシティと似通っている。クラブの強化担当役員から獲得選手の家族まで、国外のオフショア口座を使って密かに相当額の支払いが帳簿外で行われていたとする疑いは、前オーナー時代に属する2012年からの7年間。しかも、昨夏のクラブ買収に際し、過去に「不完全な会計報告」がなされた可能性に気づいた現経営陣の自己申告による調査開始であり、リーグからはまだ違反を指摘されていない。
過去3年までしか遡れない欧州サッカー連盟(UEFA)による処分は、FFP規則違反に対する16億円強の罰金を受け入れていることから、国内でも制裁を受ける覚悟はできていると思われる。とはいえ、それが罰金ではなくポイント剥奪となれば、いわゆる「訴訟大国」からやって来たアメリカ人オーナーがじっとしてはいないだろう。
ケンジントン&チェルシー地区のデジタル版地元紙などに寄稿するポール・ラガン記者に意見を尋ねてみると、30年を超す番記者歴で全国紙の記者陣からも一目置かれるベテランは、こう答えてくれた。
「自ら報告したのだから、なんらかの処分は覚悟しているはず。ただ、UEFAのような罰金制裁ではなく、勝ち点を剥奪されるようなことになれば、敏腕弁護士を雇い入れて徹底的に処分の妥当性を追求するのだろう。個人的には罰金制裁に落ち着くと見ている。プレミアからの降格を意味するようなポイント剥奪は、パンドラの箱を開けるようなものだからね」
リーグ側も頭が痛いシティの勝ち点剥奪
収集がつかない事態を招く危険性も大きな違いだ。エバートンの処分は、リーグ史上最多となるポイント数剥奪ではあっても、タイミング的には抵抗も波紋も最小限。新スタジアム建設中でもあるエバートンには、シティ並みの弁護団を雇うような経済的余裕などないうえ、買収プロセスの最中にあるクラブは経営面のリーダー不在とも言うべき状態だ。
また、制裁を受けて14位からボトム2の19位に転落してはいても、昨季後半からのショーン・ダイチ体制特有のしぶとさを見せ始めたエバートンには、揃ってひ弱な今季昇格組3チームとの残留争いを勝ち抜くだけの力と時間がある。違反行為で間接的に被害を受けた過去2、3シーズンの降格組による賠償請求も、リーズ、レスター、バーンリーなどに限られると思われる。
その点、シティとチェルシーが降格を余儀なくされることになった場合には、無罪放免となって「なんのための調査だったのか?」と呆れられる場合以上に、リーグ側も頭が痛い。何しろ、世界的人気を誇るプレミアで、指揮官の能力、スカッドの戦力、サッカーのスタイルのすべてが最高とまで言われるシティは、不正行為のもとに成り立っていたことになるからだ。
そのシティが違反行為の末に手にしてきた、昨季の国内外3冠を含むタイトルの扱いは? 獲得タイトル数で言えば、その前に21世紀のプレミアで最大の成功を収めていたのが前オーナー時代のチェルシー。それぞれ処分対象期間とされた9年間と7年間に、代わりに優勝できていたはずのクラブや、欧州への切符を手にしていたはずのクラブの出方は?
エバートンに対する処分で浮上した両ビッグクラブ降格の可能性だが、実際には、既にリーグから違反行為があったとみなされているシティに対する処罰の有無と、その厳しさ次第。更に言えば、リーグの正義感と意志の強さ次第だ。そして、審判の日が実際に訪れるまでは、「疑わしきは罰せず」が両軍と周囲のスタンスであり続ける。
シティは第13節で首位の座をアーセナルに明け渡しても、今季タイトルレースの本命と目されたままだ。中位から浮上したいチェルシーでは、来年1月の補強ターゲットとして、ナポリが180億円を超す値札を付けているビクター・オシムヘン、ブレントフォードが約150億円の見返りを求めると思われるイバン・トニーなど、移籍金の張るストライカーの名前が挙がり続けている……。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。