名門アヤックスに何が起こった? リーグ最下位に陥落…クラブが抱える複雑な問題【現地発】
リーグ最下位に沈んだアヤックス、スタイン元監督の更迭に至るまで
10月22日、リーグ第9節で最下位のユトレヒトに3-4で負けてしまい、16位から17位に順位を落としたオランダ1部名門のアヤックスだったが、当時のマウリス・スタイン監督は試合後の会見で「私はリングにタオルを投げない」と続投に意欲を示した。事実、翌朝のクラブ首脳陣との話し合いでは「(ヘドヴィヘス・)マドゥロコーチとFWステフェン・ベルハイス抜きで戦いたい」という要求をしたが却下されたらしい。解雇の予兆はなかった。
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潮目が変わったのは正午、サポーターグループの「Fサイド」が「スタイン、別れの時が来たようだ。今度のブライトン戦はお前と一緒に戦うより、お前抜きで戦いたい」と声明を出したときだった。9月には当時のスヴェン・ミスリンタットTD(テクニカル・ディレクター)とピール・エリンガ監査役会長へのアンチ行動を繰り返し、“デ・クラシケル”では発炎筒の投げ込みで試合を中止にし、2人を退陣に追い込んだFサイドには批判の声が止まないが影響力も強い。こうしてその日のうちにスタインの更迭が発表された。
しかし、アヤックスの低迷はまだ底が見えない。マドゥロ暫定監督は10月26日のUEFAヨーロッパリーグ(EL)のブライトン戦で超守備的戦術を用いたものの0-2で完敗。続く29日のPSV戦は前半こそ多くのチャンスを作って前半を2-1で折り返したものの、後半はボス監督の術中にはまり守備網が蹂躙され2-5で完敗した。これでアヤックスは最下位である。
開幕前から今季のアヤックスは下馬評が低かったが、あくまでそれは「フェイエノールト、PSVと比べて戦力に劣るし、スタイン監督の手腕も未知数だから優勝候補としては物足りない」という域のもの。まさか欧州の冬時間到来の頃にアヤックスが最下位に沈むとは誰も予想していなかっただろう。
アヤックスは開幕から試合相手に恵まれていた。チームの完成度が低くてもアヤックスが個の力を発揮すれば勝ち点3を計算できるカードばかりだった。実際、初戦のヘラクレス戦は4-1で快勝した。しかしエクセルシオール(2-2)、フォルトゥナ・シッタルト(0-0)で勝ち点を取りこぼし、スタイン監督が補強に対する不満を口にすると、「今季のアヤックスはかなりおかしいぞ」と危うい雰囲気が生まれた。このときのスタイン監督の発言は「我々スタッフには補強についてのアイデアがあった。しかしミスリンタットTDだけが異なる選択をした」というもの。
のちにそのリストにはGKニック・オライ、DFセルジーニョ・デスト、ニコラス・タグリアフィコ、ステファン・デ・フライ、MFイェルディ・スハウテン、カルビン・ステングス、FWノア・ラングとったオランダリーグをよく知る選手たちやアルゼンチン代表FWチアゴ・アルマダが含まれていたことが判明した。
しかしミスリンタット元TDが1億1500万ユーロ(約239億円)もの大金をはたいて補強したのはクロアチア代表DFヨシップ・シュタロ、ボルナ・ソサを除くと実力が未知数な若手外国人ばかり。ミスリンタット得意のデータによってアヤックスの監督に就いたスタインだったが、やがて2人の間にコミュケーションは無くなった。
試合ごとに浮き彫りになるアヤックスの低迷具合
今季最初のビッグゲーム、対トゥエンテ戦でアヤックスは1-3というスコア以上の完敗を喫した(リーグ第5節/9月17日)。人々は6-0-4のようにアタッカーとディフェンダーが分断されるアヤックスのサッカーにショックを受けた。
ELのマルセイユとの初戦は3-3という派手な打ち合いでエンタメ性の高いゲームを演じた。しかしマルセイユの監督が変わったことで、彼らがこれまでの4-4-2を捨て4-2-3-1にチームを作り替えてきたことにアヤックスは対応できず、特に前半はトップ下のアゼディン・ウナヒが自由自在に動き回ることになった。
完膚なきまでに0-4で叩き潰されたフェイエノールトとの“デ・クラシケル”(リーグ第6節/9月27日)では、ライバルチームがお互いにコミュニケーションを取り合っているのに対し、アヤックスが黙々と戦っていることがクローズアップされた。
続くAZアルクマール戦は0-1で負けた。試合後、AZの選手たちは口々に「僕たちがボールを持つと、アヤックスの中盤にはとてつもないスペースがあった」と驚いていた。そして運命のユトレヒト戦に敗れ、スタインはチームを去った。
スタインの采配にはおかしなことが多かった。加えてリーダー不在もまた深刻だった。アヤックスというチームはサッカーIQの高い集団として知られてきた。マルセイユ戦のようにシステムのミスマッチが起こっても選手間で解決できる頭脳と責任感があった。フェイエノールト戦のようなコーチング不足が指摘されるようなことはなかった。トゥエンテ戦、AZ戦のような前後分断は論外だ。
OBたちが危機を救うべく立ち上がる、新監督の初陣は11月2日のフォーレンダム戦
昨季半ばまでアヤックスにはデイリー・ブリント(バイエルン・ミュンヘン→ジローナ)という稀代の「ピッチの上の監督」がいた。かつて相手チームとのシステムの組み合わせが悪かったとき、リサンドロ・マルティネス(現マンチェスター・ユナイテッド)は盛んにブリントに視線を送って解決策を求めたものだ。
ドゥシャン・タディッチ(現フェネルバフチェ)は昨季のフォーレンダム戦でベンチに下げられると、テクニカルエリアに出てチームメートを叱咤激励したり指示を送ったりした。しかし、今のアヤックスにはチームを一緒に向上させようと必死になる選手は皆無だ。
元TDのマルク・オーフェルマルス氏は、当時若いチームにはブリント、タディッチの能力・経験・パーソナリティーが必要なことを理解して2人を獲得した。しかし、9月までTDだったミスリンタット氏のデータには『パーソナリティー』の項目は無かったようだ。
ユトレヒト戦の後半14分、スコアは2-2だった。ここでスタイン監督は負傷明けのベルハイスをピッチに送り出した。もしかしたらまだ彼はコンディションが万全ではなかったのかもしれない。それでも、ベルハイスの無気力なプレーに私は「これはサボタージュだ!」という印象を持った。彼のプレーゾーンはちょうどアヤックスのベンチ前。スタイン監督の目の前。しかしベルハイスは簡単にパスをさばくだけで動き出しをサボるし、プレスも緩かった。私と同じ感想を持ったサポーターは多かったようで、SNS上にはベルハイスのサボタージュを批判する投稿が相次いだ。それ以前からベルハイスは監督を守ろうというコメントが無く、ファンの心象が悪かったことも影響したかもしれない。彼に代わってスタイン監督を後押しする発言を残したのは17歳のヨレル・ハトだった。
アヤックスが抱える問題は複雑に絡み合っている。今回記した内容はその触りでしか無い。例えばクロアチア代表のレギュラーセンターバックのシュタロが決定的なミスを重ねるのはなぜだろう。本人は否定しているが、本当にホームシックなのではないだろうか。さもなければ彼ほどの能力を持った選手が自信を喪失したかのようなプレーを続けるわけがない。守備戦術の破綻が積み重なって、彼自身の負担になっている可能性もある。ともかく事実は、クロアチア代表でのプレーと、アヤックスでのプレーが乖離しすぎているということだ。
ルイ・ファン・ハールやデニー・ブリントといったOBたちが危機を救うべくアヤックスに戻り始めている。そして11月2日のフォーレンダム戦から指揮を執ることになったのはかつての名ウインガー、ヨン・ファント・シップだ。彼は今季いっぱいアヤックスの監督を務めた後、フロントに入ることが決まっている。
ファン・ト・シップは長年連れ添った妻を病気で亡くしたばかり。そのことを人々は慮っている。しかし本人は「妻と知り合ったのはアヤックス。彼女は天国からこのオファーを受けろと言った」と愛するクラブの危機に助け舟を出すことを選んだ。
レジェンドの内面から醸し出される執念と意欲がチームの一体感を作り、大ピンチを乗り切るヒントになるのかもしれない。
(中田 徹 / Toru Nakata)
中田 徹
なかた・とおる/1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグなどを現地取材、リポートしている。