なぜ黒田監督は時に“悪役”として扱われたのか 評判よりも勝利を追求したプロフェッショナル魂【コラム】
黒田監督が練習場で見せていた“弱い一面”
FC町田ゼルビアは10月22日、アウェーでのJ2リーグ第39節でロアッソ熊本を3-0で下し、勝ち点を78に伸ばした。同日、勝ち点65の3位東京ヴェルディはジェフ千葉に3-2、同じく勝ち点65の4位ジュビロ磐田は徳島ヴォルティスに3-0で勝利したが、残り3試合で町田との勝ち点差は10と開き、町田のJ1初昇格が決定した。
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町田は2021年にJ2リーグ5位と昇格まであと一歩に迫ったが、22年は15位に沈み、23年を前に指導体制を一新した。迎えられたのは黒田剛監督。青森山田高校を率いて高校年代のタイトルを数多く獲得していた。ただし、Jクラブの指導は初めて。その新人監督が第4節で首位の座を獲得し、そのまま昇格まで上り詰めたことは評価しなければならないだろう。
黒田監督は、何を聞かれても自信たっぷりに受け答えをする。内容は明確で言葉のチョイスも力強い。シーズン前にはこう語っていた。
「原理原則ができていないから失点する」
「7節を1クールとして、それぞれで勝ち点15を目標にする」
もし黒田監督の言うペースで勝ち点を重ねれば、年間勝ち点は90。2022年1位のアルビレックス新潟でも84だった。新人監督ならではの大胆不敵さなのか、あるいは自信の表れなのか。これで成績が伴わなかったら、単なるリップサービスだっただろう。
しかし、強気な発言の根拠となるようなシーズン前の補強だけではなく、シーズン途中での戦力獲得もためらわなかった。さらに憎らしいほどの成績を挙げてきた。そのため、時に「悪役」として扱われてきた。
だが、練習場などで見せたりする姿は「ラスボス」とは少々違っていた。
快進撃を続けた町田が、大きなピンチに見舞われた時のことだ。いよいよ終盤戦に向かおうという第31節、アウェーの清水エスパルス戦でそこまで18得点を挙げていたエリキが負傷し、今季の残り試合の出場が絶望となる。しかも、清水に2点を先制しながら逆転負けしてしまった。
その翌週の囲み取材で、黒田監督は落ち込みを隠せなかった。首位を守ることではなく、どうすれば自動昇格できるかという話題になり、その後のホームゲームを数えてそこで勝点をどれくらい取れば自動昇格圏の2位に入れるかという計算をして、自分に言い聞かせるように安心材料にしていた。
2位と3位のチームが対戦する前には「優勝するのなら引き分けてくれたほうがいいけれど、昇格のためにはどっちかに勝ってもらって、1つが落ちていくという状況のほうがいいかもしれない」など、おおよそ記者会見の強気な態度とは正反対の気弱な発言すら漏らすことがあった。
黒田監督が見せた「恐怖を打ち消す方法を追求する力」
実はそんな監督の姿は、シーズン序盤からあった。第7節を終えて6勝1分、勝ち点19。圧倒的な強さを見せていた町田は第8節、ホームでブラウブリッツ秋田に0-1と初黒星を喫する。その後の取材で黒田監督は「実は早く負けてくれて思っていた」とホッとした表情を浮かべたのだ。「(シーズン中にどこかで)必ず負けるので、早く来ないかと思っていたよ」。監督は上手くいっている間にも「敗戦」への不安を増大させていた。
「不安」はチームにも伝えられていた。キャプテンの奥山政幸は黒田監督ついて「悲劇感を煽るような、ネガティブなことを想像しながら、そうならないためにどうしていくのかというマネジメントをされる方」と語る。
そんな黒田監督の「悲壮感」という「危機感」が町田の戦術をシビアにした。練習ではボールをつないで相手を引き出し、相手守備に穴を空けてそこを突くパターンがいくつも組み込まれていた。ところが試合が始まると、徹底的にリスクを排除する。
パスをつないでいける場面でも、少しでも危険性があると思うと前線に蹴り込んだ。その戦術が取れる戦力を有していたからできた策でもあった。エリキとミッチェル・デュークという2トップは多少狙いが曖昧なボールが来てもゴールに結びつける。圧倒的な戦力を前面に出したサッカーも揶揄されることもあった。
プロの監督ともなると舌戦もエンタテインメントの1つ。だがほかの監督からの批判が耳に入ると、気にしている素振りも見せた。だが、それでも戦術の大枠は変更しなかった。それは黒田監督が評判よりも負けることのほうが怖かったからだろう。
シーズン終盤戦を迎えると目の下のクマが日に日に濃くなっていった。本人はずっと「飲みすぎかな」と煙に巻いていたが、昇格を決めた後、最近緊張で眠れなかったことも明かしている。
黒田監督は人よりも「恐怖」を感じる力がある。同時に「恐怖を打ち消す方法を追求する力」も持っている。それゆえに悲願の昇格をなし遂げたと言えるのではないだろうか。「毎週全国高校サッカー選手権の決勝を戦っているようだ」と黒田監督は語っていたが、平坦に見えても本人にはずっと心を締め付けられ続けたつらい日々だったのだと思う。
シーズン途中、同じ東京のライバルとして激しい戦いを続けた東京ヴェルディの城福浩監督は記者会見で町田の昇格を知り、称賛のコメントを出した。
「おめでとうとお伝えしたい。絶対に上がるのだという姿勢をクラブと現場が共有した末に、この秋を迎えたと思う。そこを我々は素直に認めないといけないし、クラブの思いを現場がしっかりと応えた」
黒田監督のことだから、「まだ優勝が決まっていない」とプレッシャーを感じているかもしれない。それでも戦った相手からの祝福は黒田監督の緊張を少しだけ和らげてくれるのではないだろうか。
森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。