Jリーグが抱える問題点、放置後に待つのは空洞化 三笘薫、上田綺世…アカデミーに広がる大学進学優先の流れ【コラム】

筑波大学1年生の内野航太郎(写真右・19番)【写真:Getty Images】
筑波大学1年生の内野航太郎(写真右・19番)【写真:Getty Images】

大学経由でも欧州で活躍する選手が増加する日本サッカーの現状

  アジア競技大会のノックアウトステージに入り、内野航太郎が2試合連続ゴールを決めた。筑波大1年生の内野は、FC東京の熊田直紀が故障をしたためU-22日本代表に追加招集をされてプレーしていたわけだが、これまでの経歴は錚々たるものだ。

 昨年は横浜ユースのエースとして、高円宮杯プレミアリーグEASTで歴代最多の21ゴールを記録。だがトップチームの即戦力ではないというクラブ側の判断を聞き、大学進学を希望したそうである。しかし、すでに関東大学リーグでは早くも得点王争いを演じ、現時点で首位の選手より3試合出場数が少ないにもかかわらず9ゴールで2位につけている。大学スポーツという文化のない国なら、確実にプロでプレーしていたに違いない。

 確かに最近は三笘薫、旗手怜央、守田英正、上田綺世などに象徴されるように大学経由でも欧州で活躍する選手が増えているので、筑波大への進学は内野本人にとって悪い選択ではないだろう。まだ日本では学歴尊重の傾向が残っているので、Jクラブのアカデミーに進んでも、その経歴を活かして大学への進学を願う家族も少なくない。

 だが反面Jクラブのほうは、このままで良いのだろうか。Jクラブがアカデミーを保有するのは、プロの選手たちを育てるためで、選手本人だけではなく設備やスタッフにも多額の投資をしている。欧州では相当なビッグクラブでも育成年代の指導者までフルタイムで雇うのは稀だが、Jクラブでは小中学生の指導者でも専任で働いている。

 一方で欧州もビッグクラブのアカデミーで育っても、当該クラブでトップに昇格できる選手が稀な状況は変わらない。だからこそ欧州のクラブでは、1人でも多くのアカデミー出身者をどこかほかのクラブでプロにして、将来還元してもらうチャンスを広げようと必死なのだという。ビッグクラブのアカデミー出身者は、当然ながら概して優秀なので、プロになり成長機会さえ与えられれば大化けの可能性がある。

「だから最初にプロ契約を交わすクラブには、トレーニング・コンペンセーション(TC=それまでの育成費)や違約金も要求しないで送り出す。その代わり、その選手が次にステップアップする時には、違約金(移籍金)の何割かを受け取れるフューチャーセールという形を採っています」(欧州事情に精通したモラス雅紀氏=現オーストリア2部ザンクト・ペルテンのテクニカル・ダイレクター)

優秀な選手たちが大学へ進学…Jクラブが逃す大きなビジネスチャンス

 内野のユース時代の実績は、これ以上望むべくもない究極のものだ。もし欧州のビッグクラブなら、トップ昇格をさせたうえでほかのクラブに貸し出して経験を積ませる可能性が高いが、もし買い取るクラブがあるなら慎重に検討するだろう。

 だがJリーグの現状では、新人選手を成長させる仕組みもなければ、夢を与えられる環境もない。18歳以上のプロ選手には、どこかのクラブで出場機会を勝ち取らない限り、公式戦を経験する場がない。また契約金がなく、最高年俸は設定されていても最低は底なしなので、どんなに優れた選手でもプロのスタート時点では将来につながる収益を見込めない。これでは高校や大学を卒業した選手たちが、Jクラブを経由せずに、直接自由競争の欧州に出ていこうとするのは当然だ。

 例えば同じくアジア大会の日本代表で活躍する佐藤恵允は明大サッカー部を4年次に辞めてブレーメンと契約したわけだが、それぞれ3年間在籍した明大と実践高校はTCとして約4266万円請求できるが、J1クラブなら2580万円にすぎない。

 逆にJクラブは、こうして優秀な選手たちが大学へ進学することで、大きなビジネスチャンスを逸している。もし横浜が内野とプロ契約を結んでいれば、将来欧州などでブレイクした場合には、交渉次第では多額の利益を得られる可能性があった。またJリーグが新人選手の獲得を自由競争にしていれば、横浜以外にリスクを負っても将来の投資に賭けるクラブが現れていたかもしれない。

 Jアカデミーの選手が大学を選択し卒業後に活躍するのは、一見美談にも映りがちだが、やはりプロの組織側の判断としては失敗だ。アカデミーから大学を経由した選手たちがプロの即戦力になるなら、Jリーグにはそれ以上に効率的に育成を進める仕組みが要る。逆にJリーグが若い優秀な選手の受け皿として魅力のない現状を放置すれば、おそらくその先には空洞化が待っている。

(加部 究 / Kiwamu Kabe)



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加部 究

かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

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