「2分後に花火」「完全に試合を終わらせる」 オランダ伝統の一戦でサポーターが暴徒化、試合中断の首謀者が行った衝撃の会話【現地発】
デ・クラシケルで起こった3度の中断
9月24日、アヤックス対フェイエノールトのキックオフ2時間半前。ホームチームのサポーターが続々とヨハン・クライフ・アレーナの周囲に集まり、日曜正午の日だまりでビールやポテト、ホットドックをのどかに楽しんでいた。2009年から14年の長きに渡り、デ・クラシケルにアウェーサポーターの来場は許されていない。ここは完全にアヤクシートの楽園だった。
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しかし、今季のアヤックスは開幕から低迷を極め、下位チームへの勝ち点取りこぼしが続いている。前節は中堅上位のトゥウェンテに守備網が崩壊し1-3というスコアー以上の完敗を喫していた。それに加え、利益相反の補強を疑われるミスリンタートTD、コントロールを失った監査役会に対する批判は究極まで高まっていた。
スタジアムを入る前に私は「試合展開によっては、アクシデントは避けられないだろう」と気を引き締めていた。残念ながらその予感は当たってしまった。フェイエノールトが3-0とリードした後半10分、アヤックスのウルトラス「Fサイド」がこの日2度目の花火をピッチに投げ入れ、試合は中止になってしまった。
ここぞとばかりにFサイドが監査役会員の退陣を求めるシュプレヒコールをあげると、多くの観客が怒りのブーイングで遮った。そんなことが何度もスタジアムで繰り返されたなか、場外ではフーリガンがメインエントランスを破壊して、2階に駆け上がろうとしていた。ここには選手の控室、選手・役員向けの駐車場、クラブオフィスがあるのだ。その侵入は機動隊・警官の出動により阻止された。だが、アヤックスという暖簾に付いた傷の深さは計り知れない。夜、ミスリンタートTDの退陣が発表された。27日には監査役会長ピール・エリンガが辞任した。
今回のデ・クラシケルでは3度、試合が中断された。
①→前半19分、フェイエノールトが2-0とした直後、プラスチックのコップが1つ、ピッチ脇に投げ込まれた
②→前半44分、フェイエノールトが3点目のゴールを決めてから7分後、Fサイドが花火をピッチに投げ入れた
③→後半10分、Fサイドが再び花火をピッチに投げ入れた
③の直前、今回の首謀者は仲間とこんなチャットを交わしていた。
「2分後、また花火を投げ入れる」
「じゃあ、もう帰ってもいいな」
「いいぞ。完全に試合を終わらせる」
3度目の中断によって試合続行が不可能になることをよく理解したうえでサポタージュ戦略をとり、Fサイドはトドメの花火を投げ入れたのだ。
昨季、エールディビジ第32節、フローニンゲン対アヤックスでは、2部降格に怒りを露わにしたホームチームのフローニンゲンサポーターがやはり2度、花火を投げ入れてわずか9分間で試合を中止に追い込んだ。今、オランダリーグは本当に簡単にサポーターが試合を中断させたり、中止にさせたりすることができる。あまりに回数が多すぎて、昨季、フォーレンダム対スパルタがプラスチックコップの投げ入れによって中断したことは知っている者のほうが稀だろう。
サポーターがライターを投げつけ選手が怪我する事件も…試合中断のプロトコルが明確化
今年4月5日、昨季のKNVBカップ準決勝のこと。アヤックスは敵地スタディオン・フェイエノールトで2-1とリードし優位に試合を進めていた。後半16分、アヤックスのタディッチ主将、フェイエノールトのコクチュ主将がデュエル後もライン際でにらみ合っていた。1歩も引かぬ2人の周囲にチームメートたちが援軍に駆けつけた。ヒートアップした観衆がアヤックスの選手めがけてプラスチックコップを投げつけた。やがてアヤックスのMFクラーセンが崩れ落ちた。よく見ると頭から血を流している。サポーターの投げたライターが、クラーセンの頭に当たってしまったのだ。
この1件でレフェリーのリントハウトは一旦試合を中断させ、選手やファンを鎮める時間を設けた。そしてフェイエノールトのジョン・デ・ウォルフコーチがマイクを持ってピッチに立って「おい、そこのバカ者たちめ。恥を知れ」と一喝し、観衆から大拍手を浴びると同時に騒動を収めて試合が再開された。
「さすがジョン・デ・ウォルフ。男気があった」と人々は称賛した。しかし、オランダサッカー界に対する世間の目はとても冷たかった。「選手がファンから危害を受けたのに、なんで試合を再開させたのだ。中止すべきだった」と。
1部リーグ、2部リーグを問わず、この時期のオランダリーグはサポーターの悪行が目に余った。3月19日にはフローニンゲンのDFウィーレムスが味方サポーターをなだめにいったところ、殴られてしまうハプニングもあった。
世間の批判を受けたオランダサッカー協会はKNVBカップ戦準決勝後、「物の投げ入れは即中断し2度目は中止。選手、主審・副審に当たった場合は即中止」というプロトコルを厳格化した。ジョン・デ・ウォルフのマイクパフォーマンスのように「サッカーのことは、サッカー界で解决する」ということは許されなり、世間の常識に沿った解決策が必須になった。
KNVBカップ準決勝の後、オランダリーグは大混乱に陥った。CKを蹴る相手チームのキッカーや、失点の憂さ晴らしに相手チームにビールを浴びせるのは悪意のこもった意図的なもの。しかし、応援するチームがゴールを決めた時に自らコップを投げてビールを浴びるのは喜びの表現であり習慣だった。その結果、コップがピッチに入ってしまうこともある。こうして数えきれないほどの試合が中断に追い込まれ、中には中止になった試合もあった。
5月13日、地元紙「デ・テレフラーフ」はこう書いた。
「センターFWドゥビカスのゴールに喜んだユトレヒトサポーターがビールの入ったコップをピッチに投げ入れ、試合が一時中断した。この結果、この週のオランダリーグは1部・2部合わせて6試合中断した。興味深いことに、いずれも味方チームのゴールに喜んだファンのビール投げ入れによるものだった」
再開したデ・クラシケルでアヤックスは惨敗…窮地を脱するべく元協会会長と交渉を開始
9月24日の試合から中2日の27日、残り35分を無観客で再開したデ・クラシケルは、フェイエノールトが1点を加えて4-0で勝った。5試合を戦い終えたアヤックスは勝ち点わずか5。得失点差はマイナス2で12位(暫定)という体たらくだ。この窮状を打破すべく、アヤックスは90年代黄金期のクラブ会長であり、元オランダサッカー協会の会長も務めたマイケル・ファン・プラーフを監査役員に迎え入れようと交渉を開始した。
「もしファン・プラーフがアヤックスに復帰したら、現在の騒ぎも少しは収まるだろう」(オランダベテラン記者)
しかし、仮にアヤックスの内紛が鎮まったとしても、オランダリーグの各スタジアムに問題はくすぶっている。暴力や物の投げ入れに加え、人種差別・性差別・病人を傷つけるようなヤジもまたオランダサッカー界が長く抱える問題だ。
ピッチの中で戦う選手たちに対し安全な環境を担保し、プレーに集中できるようになること――。それが多くの人々が願うことである。
中田 徹
なかた・とおる/1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグなどを現地取材、リポートしている。