ドイツ“弱体”はなぜ起きた? 守備原則なし、戦術と不釣り合いな布陣…「優れた監督」フリック解任劇までの背景【コラム】

ドイツ代表の現状とは【写真:ロイター】
ドイツ代表の現状とは【写真:ロイター】

大国ドイツ、指揮官解任後に強豪フランスに勝利も「完全復活」には程遠い状況

 日本代表に1-4で完敗したドイツ代表への風当たりの強さは半端なかった。スタジアムにあったのはざわつきなんてものではない。怒りを通り越して、嘲笑を浮かべているファンもいたし、それを通り越して哀しみで言葉をなくしていたファンだっていた。

 ハンジ・フリック監督は職を追われ、スポーツディレクターのルディ・フェラーが暫定で指揮を執ったフランス代表戦では日本戦とは見違えるようなプレーにより2-1で勝利を収めた。とはいえ、ドイツ代表完全復活というにはまだまだ修正箇所があまりに多い。

 結果として日本に負けたことがフリック解任の決定打となったが、カタール・ワールドカップ(W杯)後にずっと嫌な空気感があったことは否めない。6月の代表シリーズではウクライナ代表に3-3、ポーランド代表に0-1、コロンビア代表に0-2。結果だけではなく、あまりに内容が乏しかったことにファンや識者の疑念は膨れ上がるばかりだった。

「もう集中合宿しかないな」
「DFコーチを呼んで一からやったほうがいいんじゃないか」
「(イルカイ・)ギュンドアンが中心でないのはなんでだ?」
「(ニクラス・)フュルクルクがスタメンでないのはなぜだ?」

 コロンビアに敗れたあとのフェルティンス・アレーナではそんなファンの声が聞こえてきていた。噛み合ってる時はそうした「なぜ」が新鮮な風となってチームに躍動感をもたらす。ただ、手探り状態の時の「なぜ」は不安定さしか生み出さない。

「3月には新しい選手を受け入れる時期、6月にはプランB、つまり3バックを発展させる時期。9月はチームの軸となる選手でプレーを成熟させる時期」

 フリックはそう話していたが、日本戦のドイツからはとてもここから良くなってくるという雰囲気を感じさせることができなかった。

 ヨシュア・キミッヒを右サイドバック(SB)で起用し、攻撃時にはボランチの位置に移動することでゲームをコントロールしようとしたアイデア自体は悪くはない。左SBには守備的な選手を起用してバランスを取ろうとしたことも論理的ではある。ただ攻守における原則的な動きが浸透していないなかでのテストが、さらなる不安定さにつながってしまったことは否めない。

1、サイドで起点を作られたら4バック前のスペースは必ずコンパクトにケアすること
2、エリア内では早めに相手へコンタクトを取って潰すこと

 守備における原則のうちで最も大切なものであるはずのこの2点がドイツでもう数年間改善されていない。何度似たような形で大ピンチを招いているだろう。ファンは何度スタンドで頭を抱えていたことだろう。

 日本戦では左SBで起用されたニコ・シュロッターベックが同サイドのクロスを防ぐことができなかったため最低評価を受けている。確かにシュロッターベックのパフォーマンスは全く良くなかった。

 カウンターからの攻撃でもないのに、ゴール前であれほど日本の選手がフリーになっているのはあまりに不可解すぎる。この点に関しては、「フリックは何をしていたのか?」というだけではなく、「アシスタントコーチは何の役割を担っていたのか?」とも思わざるを得ない。

フリック政権は失敗の烙印も「指導者として優れていない」わけではない

 さらに言えば、センターバック(CB)からのビルドアップが期待できない布陣なのに、それを基盤とした戦い方をするのも解せない。CBアントニオ・リュディガーは競り合いに強いし、とてもパワフルなDFだ。

 しかし、ボールのもらい方に難があり、ビルドアップからのパスはリスクの高いものが多い。ニクラス・ズーレにしても、鋭い縦パスは送れるが、ボールコントロールに優れた選手ではない。

 だからといって、その2人からパスを預かってゲームをコントロールする選手が配備されているわけではない。キミッヒ、ギュンドアン、あるいはフロリアン・ビルツがいくら中盤で動いても、そこにパスが出てこなければ攻撃のスイッチは入らない。

 それぞれの監督には強みと特徴がある。フリックのそれを生かすためには、チームとしてのベース作りを担う存在や時間が必要だったのかもしれない。守備の安定があって、そこからさらに発展させる手腕は確かにあるのだから。

 フリックのドイツ代表における挑戦は終わった。残念ながら成功と言えるものではなかった。しかしそれがイコール「フリックは指導者として優れていない」わけではない。

 フライブルク監督のクリスティアン・シュトライヒのコメントがとても印象深い。

「(フランスに)ドイツが勝ったことは素晴らしいが、監督としてはとても辛いことでもある。チームのためにすべてを注いできて、でも上手くいかなくて、自分が辞めることになったその数日後にゲームの幸運が戻ってくる。カタールW杯では監督、コーチだけではどうにもならない政治的なこととも向き合わなければならなかった。極めて難しい仕事だったことだろう。気の毒に思わざるをえない。ハンジはものすごく優れた監督だからね」

 監督、コーチングチーム、選手と周囲の環境がかみ合わないと上手くいかない。そして多少のずれがあっても何とかなるほど、今のサッカー界ではそれぞれの国の実力は離れていないのだ。以前ならば「それでも勝てる」と思えていた試合でも、痛い目に遭うことは普通になってきている。

「どの試合にも本気で勝ちを目指す」——。それを言葉だけではなく、準備でも、ピッチ上での立ち振る舞いでも実践していける国が、生き残っていけるということなのかもしれない。

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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