【月間表彰】味方も驚愕した浦和・岩尾憲の50m超ロング弾 瞬時の判断力から生まれた至高のゴール

7月度の月間ベストゴールに選出された岩尾憲【写真:(C) URAWA REDS】
7月度の月間ベストゴールに選出された岩尾憲【写真:(C) URAWA REDS】

7月1日のサガン鳥栖戦で決めた意表を突くゴールが受賞

 Jリーグでは今季も全得点を対象に「明治安田生命J1リーグ KONAMI 月間ベストゴール」を選出し、表彰している。スポーツチャンネル「DAZN」とパートナーメディアで構成される「DAZN Jリーグ推進委員会」の連動企画として、「FOOTBALL ZONE」では毎月、ベストゴールに輝いた受賞者のインタビューを実施。7月度の月間ベストゴールに選出されたのは、浦和レッズのMF岩尾憲選手が7月1日の第19節・サガン鳥栖戦の前半38分に決めた超ロングシュートだ。中継カメラも追い切れなかった衝撃の50メートル超スーパーゴール振り返る。(文=藤井雅彦)

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 浦和レッズMF岩尾憲の放ったロングシュートが美しい放物線を描き、50メートル以上先にあるゴールネットを揺らす。第19節サガン鳥栖戦での決勝点が、7月の明治安田生命月間J1リーグKONAMI月間ベストゴールだ。

 ハイボールを競り合った味方選手がファウルを受け、相手陣地に入ってすぐの地点でフリーキック(FK)を得た。背番号19の脳内がフルスロットルで回転し始める。

「すぐにGKの位置を確認して、プレーが再開するまでの間もGKの反応を見ていました。次に相手ディフェンスラインの背後にボールを蹴るのか、それとも直接ゴールを狙うのか。助走に入りながら相手のリアクションをギリギリまで見て判断しました」

 常に複数の選択肢を持ちながらプレーしている賜物だ。シュート一択ではなく、パスの可能性も探っていた。どちらの確率が高いのか。判断を迫られた技巧派ボランチの目には、何が見えていたのか。

「朴一圭選手がうしろ向きになって、ボールから目を離していたのが見えました。それも急いで戻っている感じではなく、比較的ゆっくり戻っている雰囲気でした。このまま誰にも悟られずに蹴るモーションに入れればチャンスはあるかなと」

 シチュエーションこそ違えども、相手の動きや気配を察知するためにアンテナを張り続けている。例えば、サイドチェンジのボールを蹴る時もそう。パスの受け手を見るだけでなく、対応する相手の出方をうかがっている。

「モーションに入るまでに相手のサイドバックの動きをできるだけギリギリまで見ます。あるいは準備しているか、準備していないかを見る習慣や感覚は、今回のシーンとほとんど同じです」

 最後の最後まで頭の中でさまざまな可能性を探りながら、シュートを選択したのはキックの直前。オーラを極力消し、平静を装い、ゆっくりとファウル地点へ歩を進める。すると、相手選手の戻したボールがゆっくりと転がり、目の前に止まった。

「みんなを騙そうと思ってやったわけではないけれど、相手チームの選手も自チームの選手も、それから自チームのベンチの選手も含めて、シュートの瞬間を見ていた選手がほとんどいなかったみたいです。それくらい意表を突けたのかなと。最後までバレなかったのが良かった。もともとオーラがないタイプなので気付かれにくかったのでしょう(笑)」

ロングキックに見せる強いこだわり「生き残っていく術として良い武器」

 あれだけ距離がある地点からのシュートである。外すことへの恐怖心や躊躇い(ためらい)があっても不思議ではない。少しでも迷いがあれば、おそらく精度も落ちるだろう。あの瞬間、どのような精神状態だったのか。

「自分はどちらかというと、外したらカッコ悪いなと思って躊躇してしまうタイプ。でも、あの瞬間だけはそうなりませんでした。飛んでいくボールのイメージができて、この軌道で蹴れば入るというのが見えた。だから、蹴ることに集中して『もし外したら』というネガティブな考えを想像しませんでした」

 あとはキックの質、ボールの精度だけ。リラックスして軸足を踏み込み、鋭く右足を振る。放たれたシュートの軌道は低すぎず、高すぎず、ライナー性の弾道で相手ゴールに一直線。慌てて戻った朴一圭の手をかすめながらも、勢いを失わなかったボールはゴールネットに吸い込まれた。サッカー人生で最も遠い位置から決めたゴールだった。

「試合中は、もしかしたら外に弾かれてしまうかなというギリギリの軌道に見えたので、入ってくれという望みが通じて良かった(笑)。キックには自信があるけれど、意外と入るもんなんだなと」

 シュートに限らず、ロングキックには人一倍こだわっている。かつて憧れた元イングラウンド代表MFデイビッド・ベッカムのフォームは真似できなくても、岩尾憲のキックフォームが質と精度を保つ秘訣。ベテランの域に入った35歳になっても、J1の第一線で活躍するための方法論だ。

「ビルドアップでショートパスを1本ずつ丁寧につないでいくのもサッカーだけど手間と本数がかかる。そもそもスペースがあって1本のロングボールで相手陣地に侵入できるなら、それが一番早いと思うし、空中のボールは誰も触ることができない。有効な手段だと思っていて、それは昔から自分の武器にしてきた。足もとの技術が高い選手やデュエルがすごく強い選手、ボックス・トゥ・ボックスができて走れる選手などさまざまなタイプがいるなかで、ロングレンジのボールを高精度で通す選手は減ってきている。自分が少なからず自信を持っている部分なので、サッカー選手として生き残っていく術として良い武器を持っていると思っています」

 子供の頃から、ひたすらボールを蹴ってきた。毎日の反復作業では失敗のほうが多かったかもしれない。でも、それが考えるきっかけとなり、ヒントを見つける道筋となり、成功の近道になった。自身の幼少期を回想し、少年少女へのエールを送る。

「サッカーボールはラグビーボールと違って球体なので、アプローチした出力に対して素直に反応してくれる。自分が蹴った感覚、足のどこに当たって、ボールのどこに当たったら、どんな飛び方をしたのか。上手くいったことを覚えておいて、上手くいかなかったらなぜそうなったのかを考えて、それを修正して蹴り方や蹴る場所を変える。その繰り返しが上達につながる。たくさんボールに触れて、たくさん失敗する。たくさん失敗すると、たくさん成功できる。それを楽しみながら繰り返してほしい」

 的確な状況判断と高度な技術が合わさって生まれた至高のロングシュート。その陰には、長い年月をかけてのたゆまぬ努力があった。

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藤井雅彦

ふじい・まさひこ/1983年生まれ、神奈川県出身。日本ジャーナリスト専門学校在学中からボランティア形式でサッカー業界に携わり、卒業後にフリーランスとして活動開始。サッカー専門新聞『EL GOLAZO』創刊号から寄稿し、ドイツW杯取材を経て2006年から横浜F・マリノス担当に。12年からはウェブマガジン『ザ・ヨコハマ・エクスプレス』(https://www.targma.jp/yokohama-ex/)の責任編集として密着取材を続けている。著書に『横浜F・マリノス 変革のトリコロール秘史』、構成に『中村俊輔式 サッカー観戦術』『サッカー・J2論/松井大輔』『ゴールへの道は自分自身で切り拓くものだ/山瀬功治』(発行はすべてワニブックス)がある。

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