シリアの渡航中止要求、北朝鮮の厳戒態勢、ミャンマーの軍事クーデター…今回のW杯アジア2予選は難しい?【コラム】

W杯アジア2次予選を控える日本代表【写真:高橋学】
W杯アジア2次予選を控える日本代表【写真:高橋学】

日本はW杯アジア2次予選でシリア、北朝鮮、ミャンマーまたはマカオの勝者と対戦

 2026年アメリカ・カナダ・メキシコワールドカップ(W杯)のアジア2次予選の組み合わせが決まり、日本はシリア、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、ミャンマーまたはマカオと対戦することになった。これまで以上に「大変な組み合わせ」と言うことができるだろう。サッカーの部分ではない。取り巻く環境が難しいのだ。

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 シリアは、2011年3月からの反政府運動弾圧が続いている。日本が劇的な優勝を果たした2011年に行われたカタールでのアジアカップの試合会場で、中東やヨーロッパの記者が試合開始まで食い入るようにニュースを追っていた民主化運動「アラブの春」が弾圧され、その後の武力衝突がまだ長引いているのだ。外務省は危険情報として「レベル4:退避勧告」を出しており、渡航中止を求めている。

 そのため、シリアは国際試合を自国で開催することができない。前回のW杯予選もUAE戦、レバノン戦、イラン戦をヨルダンで、韓国戦とイラク戦をUAEで戦わざるを得なかったし、今年に入ってもタイ戦をUAEで開催している。残念ながらシリア入国はできそうにない。

 ミャンマーは前回のW杯アジア2次予選で対戦したが、当初は2021年3月25日の対戦予定だった試合は軍事クーデターで延期となった。しかも、日本との対戦後には亡命者も出ている。

 クーデター政権は現在も国内を支配しており、外務省は「レベル3:渡航中止勧告」「レベル2:不要不急の渡航中止」に分析している。気軽に訪れようと思える国ではない。マカオは外務省の危険情報がないもののFIFAランキングは182位。160位のミャンマーが相手では勝ち目が薄そうだ。

 そして北朝鮮は、そもそも国交がないため渡航は非常に難しい。前回、平壌で試合が開催されたのは2011年11月15日。この時はいくつかのツアーの参加者だけが現地を訪れることができた。報道陣でも訪朝できたのは記者6人とカメラマン4人の10人だけ。日本出国から帰国まで、異例づくめだった。幸いにもその記者団の1人に選ばれたが、すべてがほかのアウェー取材とは異なっていた。

2011年北朝鮮訪問時は…

 まず国交がないため、中国・北京の北朝鮮大使館に行ってビザを申請しなければいけない。そのため北京に一度滞在し、ビザが下りるかどうか不安な時間を過ごすことになった。

 平壌の空港に到着すると、GPSが搭載されている携帯電話は預けなければいけないと言われる。GPSで位置情報が特定されてしまうからだ。否が応でも「終戦」ではなくて「停戦」中であることを意識させられた。

 念のため、自分の携帯はパスワードを1回間違うとすべての情報が消去されてしまうモードにして預けたが、北朝鮮を出国する時には試した様子がなく戻ってきた。

 カメラも基本的には空港で預けることになる。報道陣だけはカメラの持ち込みが許されたが、カメラマンは出国の時に撮影内容をチェックされて、いくつかはその場で消去させられていた。

 空港に到着して入国できるまで4時間かかった。だが、どうやら北朝鮮代表チームが日本にやって来た時、日本が非常に時間をかけて審査をしたことをやり返されたようだった。今回も先に日本のホームゲームがあるので、そこで時間がかかったら入国までの時間も覚悟しなければならないだろう。

 10人の報道陣に対して現地の担当者6人が付いた。みんな日本語が堪能で、平壌大学の日本語学科だという。驚いたのは細かいニュアンスまでアップデートされていたこと。夕食に美味しいホッケが出てきて、「これ、やばい!」と言ったところ、「喜んでいただいて嬉しいです」とすぐに反応があったのだ。

 行動は当然ながら制限された。団体行動が基本で、試合当日にもかかわらず全員市内ツアーに案内された。軍事パレードが行われる広場を遠くに見ながら、そこから一直線になるよう建築されているモニュメントなどを見て回り、エレベーターで上る塔の展望台も訪問した。

サッカーだけに集中できない状況

 その塔の上には説明員の女性が立っていて塔の由来などを詳しく説明してくれた。ひと通りの話が終わって、質問をすることができたので「今日はどちらが勝つと思うか」と質問したところ、女性が何か話し、係員が「試合ですからどちらに転ぶか分かりませんね」と訳した。

 だがエレベーターで下りながら、ほかの朝鮮語の分かる報道陣が「さっきの訳は違います。彼女は『ここは共和国だから、泣きながら帰るといいわ』と答えていました」と教えてくれた。

 そこで気付いたのは、担当者がこちらの感情を害さないように気を遣ってくれたということだった。そう言えば、食事の時に「食糧事情があまり良くないと聞いているが、自分たちはこんなに食べていいのか」と聞いたところ、「日本人がそんなに考えてくれるとは思っていなかった」と返事があった。

 そのときは多少なりとも心の交流は図れたかもしれない。しかし、相変わらず関係はよくないまま、その後12年が経過している。

 今回対戦する相手には、相手の国の事情で訪問できないところもある。内情不安と過去の出来事で渡航がためらわれる国もある。またそもそも行くことができない国というのもある。

 サッカーの試合にだけ集中して訪問できればいいのだろうが、今回はそれができそうにない国ばかり。本当に今回の予選は難しい。

森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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