欧州クラブの「青田買い」、キャリアを左右する移籍時期 天才扱い選手の転落と現実路線「成熟してから行けば…」【現地発】

欧州のサッカー事情に精通するモラス雅輝氏(写真は2018年のもの)【写真:Getty Images】
欧州のサッカー事情に精通するモラス雅輝氏(写真は2018年のもの)【写真:Getty Images】

【インタビュー】スイスで好選手が輩出された背景、まったく育たない時期からの転換

 サッカー選手育成の「仕上げ期」とされる19歳~21歳の経験は、その後のキャリアを大きく左右するほど大事なものだ。どれだけ天才扱いを受けた選手でも、そのポテンシャルを生かせないまま表舞台から姿を消していくケースも少なくない。オーストリア2部ザンクト・ペルテンでテクニカルダイレクターを務め、欧州のサッカー事情に精通するモラス雅輝氏は「現実的な成長路線を選手が考えてほしい」と提言している。(取材・文=中野吉之伴/全5回の4回目)

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 オーストリア2部リーグは欧州主要リーグの中で最も平均年齢が低いと言われている。欧州を中心とする各国世代別の代表選手たちが、まさにここで経験を積むために移籍をしてくるリーグだ。彼らはそれぞれの国で将来を期待されている選手たちだが、トップリーグでの経験が浅い選手が大半を占める。育成年代のサッカーと大人のサッカーは根本から違う。それを実感し、そのなかで自分のプレーを出していく必要があるのだ。

 一般的に19歳~21歳に時期は、サッカー選手としてのキャリアを左右するほど大事とされる「育成の仕上げ期」だ。U-18、U-19までは同世代の選手との試合を積み重ねる。だが、その先に待っているのは、それぞれの世代でトップレベルだった選手たちがしのぎを削る世界。そこで十分な経験を積む機会がないと、せっかくのポテンシャルも発揮されないまま尻すぼみに表舞台から消えていく。だからユース上がりで1部や2部でシーズンを通してプレーできる機会は極めて重要だ。

 以前スイスの強豪クラブであるバーゼル元育成ダイレクターのヴィリ・シュミットがこんな話をしてくれたことがあった。

「スイスでは一時期、若手選手がまったく育たない時期があった。ポテンシャルが高いとされる選手たちがU-17、U-19の段階ですぐにメガクラブからのオファーに飛びついてしまっていたんだ。いわゆる『青田買い』をされて、まったく出場機会がなくて数年を無駄にしてしまう。人間としてもまだ成熟できているわけでもない。だからスイスリーグに帰ってきても、そこで積み重ねたものがないから、大人のリーグに順応できないという例が本当に多かった。だからどれだけ資質があっても、19~21歳くらいまではちゃんとスイスリーグでプレーできるようなサポートをリーグとしてやらないといけないという動きが生まれたんだ。(グラニト・)ジャカ、(ジェルダン・)シャキリ、(ステファン・)リヒトシュタイナー、(ブレール・)エンボロといった選手は、そうした転換期があったからこそ育ったんだ」

 ある時期、スイスから好選手がどんどん輩出されるようになった背景には、そうした事情があったのだ。もちろん適切なタイミングでの移籍を可能にするには、クラブサイドからの丁寧なアプローチが大事なのは言うまでもない。

違約金109億円でリバプール移籍のMF、オーストリアでの経験を経て飛躍

 例えば、ドイツのレバークーゼンで敏腕GMのライナー・カルムントがいた頃の話として有名なのは、ブラジルにいるスカウトがしっかり選手の私生活での振る舞いをチェックしていたという話だ。

 ピッチ内の振る舞いだけではなく、それこそガソリンスタンドでお金を払う時にちゃんとスタッフの人に挨拶できているかなど、ピッチ外の細部までチェック。そうしたリサーチを経て獲得されたのが、ゼ・ロベルト、ルシオ、エメルソンというブラジル代表の主軸にまで成長した選手たちだった。

 ただ今でも十分なリサーチがされないまま獲得され、才能の芽が摘まれた選手のほうが残念ながら多い。オーストリア2部ザンクト・ペルテンでテクニカルダイレクターを務めるモラス雅輝も、そうしたステップアップのタイミングについて興味深い話をしてくれた。

「ウチから数年前にバイエルン・ミュンヘンに移籍した選手が1人いるんですよ。育成の時はもう本当に凄かったようで。どんな試合でも大活躍して、天才みたいな扱いを受けていた選手です。意気揚々とバイエルンに行ったけど、4部所属のセカンドチーム止まり。今、23歳なんですけど、オーストリアのクラーゲンフルトへレンタル移籍してきたものの1部ではたったの2分しか出られていないんです。そしてずっとオーストリア4部のセカンドチームでプレーしています。そういう経緯を見ると、ステップアップを間違えたんじゃないかって思います。もっとここに残って、ちゃんと成熟してから行けば良かったのにって。

 逆に、当時同じチームの同期で努力家だったセンターバックがずっと地道にやって、セカンドチームで経験をじっくり積んで、今トップで主力を張っている。試合に出ているから評価が高くて、あと2年したらかなりいいオファーをもらえるんじゃないかと思います。そういうキャリアをいっぱい見てきています。だからあんまり早くビッグクラブへ行くのは良くないよねって思うんです。どれだけ資質を高く評価されているとしても、例えばユースを終えてからオーストリア2部で1~2年、1部で1~2年ちゃんとやって、それからブンデスリーガ1部のように、現実的な成長路線を選手が考えてほしいなと思います」

 先日、ハンガリー代表MFドミニク・ソボスライが7000万ユーロ(約109億円)もの違約金(契約解除金)でライプツィヒから強豪リバプールへの移籍が発表されたが、彼こそはまさにそうしたステップアップを地で行っている選手だ。オーストリア2部(リーフェリング)で1年半→オーストリア1部(ザルツブルク)で2年→ドイツ1部(ライプツィヒ)で2年半→プレミアリーグ(リバプール)。

 選手の才能というのは1試合や一瞬のプレーだけでは評価し切れない。大人のチームでシーズンを通してプレーし、浮き沈みがあるなかで上手くいかない時にどう立て直すのか、課題と向き合ってどういう能力を身に付けるか。自分と向き合い、成長にあてる時間が間違いなく必要だろう。

 天才児と天才は違うのだ。(文中敬称略)

[プロフィール]
モラス雅輝(モラス・マサキ)/1979年1月8日生まれ。東京都調布市出身。16歳でドイツへ単身留学し、18歳で選手から指導者に転身。オーストリアサッカー協会のコーチングライセンスを保持し、オーストリアの男女クラブで監督やヘッドコーチとして指導。2008年11月から10年まで浦和レッズ、19年6月から20年9月までヴィッセル神戸でそれぞれコーチを務め、神戸時代にはクラブ史上初の天皇杯優勝を果たした。以降はオーストリアに戻り、FCヴァッカー・インスブルックを経て、22年7月からザンクト・ペルテンのテクニカルダイレクターとして活躍している。

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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