神戸イニエスタの“ラストダンス” 壮大な実験の結末…掲げた理想と失われた居場所

神戸ラストマッチを迎えたアンドレス・イニエスタ【写真:井上智博】
神戸ラストマッチを迎えたアンドレス・イニエスタ【写真:井上智博】

【識者コラム】イニエスタ獲得の神戸が目指した「バルサ化」、スタイル変更で状況一変

 J1リーグ第19節、ヴィッセル神戸対北海道コンサドーレ札幌はアンドレス・イニエスタのラストゲームとなった。これから移籍するかもしれないのでイニエスタ本人の現役最後の試合かどうかは分からないが、とりあえずJリーグではこれで見納めになるようだ。

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 先発しての60分間、あまり存在感はなかった。引退興行ではなくリーグ戦の1試合だから、イニエスタを立ててやるような配慮は当然ないわけで、その真剣勝負のなかで居場所がないような雰囲気だった。イニエスタが退き、大迫勇也が登場してから急にギアが上がった。神戸はイニエスタのチームから大迫のチームへと変化していたのだ。

 FCバルセロナを退いたイニエスタを獲得した神戸は「バルセロナ化」を高らかに掲げていたものだ。ダビド・ビジャ、トーマス・フェルマーレン、セルジ・サンペール、ボージャン・クルキッチと元バルサの面々も加入し、ボール保持によるゲームの支配というバルサ色は濃くなっていった。もちろんその中心にいたのはイニエスタである。

 しかし、今季になってプレースタイルは180度変わる。正確には昨季の途中からすでに変わっていたのだが、縦に速い攻め込みと強度の高いプレッシングというバルサ化とはいわば正反対に舵が切られた。首位争いを演じているので結果としてはこれで正解だったのかもしれない。ただ、この変化によってイニエスタの居場所はなくなった。

 イニエスタは「仙人」のようにプレーする。敵味方の動きを読み切り、ゲームの流れを把握して、無理と無駄を削ぎ落したスタイル。おそらくイニエスタから見れば、Jリーグは雑で無理と無駄の多いサッカーだったと思う。Jリーグだけでなく、バルセロナ以外のチームはほとんどそうだったろう。バルサの育成機関で育ち、シャビ・エルナンデスやリオネル・メッシ、セルヒオ・ブスケツといった同じ環境で育てられ、考え方と感覚を共有するチームメイトがいる状態のほうが特異な環境と言える。

 だからイニエスタを活かそうとするなら、チームは「バルセロナ」を目指さざるを得ない。バルサ化とイニエスタのどちらが先だったかはともかく、獲得した以上それ以外の道はなかった。神戸のイニエスタ獲得は1人のスターが加わったのではなく、チームがイニエスタを活かせるレベルに到達できるかを問われる壮大な実験だったわけだ。

最後の約60分間、馴染んでいなかったことが物語るものとは?

 残念ながら実験は失敗に終わった。イニエスタ自身の衰えもあるだろうし、毎試合出場というわけにもいかないので、イニエスタありとなしの2パターンのチーム作りを余儀なくされる難題も抱えることになった。

 もちろんすべてが無駄だったわけではないだろう。神戸がイニエスタから学んだことはたくさんあっただろうし、後々それが活きてくることもあるかもしれない。ただ、イニエスタを通じてバルサの哲学や手法を取り入れるという実験は完全に失敗した。現在の神戸にはイニエスタの思考は全く受け継がれていない。最後の約60分間、イニエスタが場違いなほど馴染んでいなかったことが何よりの証左である。

 神戸はバルサ化を放棄して前進した。イニエスタとともに沈むことは許されなかった。壮大なプロジェクトが破綻してしまっても力強く進んでいる。ピッチをあとにするイニエスタは札幌のミハイロ・ペトロヴィッチ監督と抱擁を交わしたが、神戸の吉田孝行監督とはあっさりした握手だけ。少し苦さの残る別れだった。

(西部謙司 / Kenji Nishibe)



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西部謙司

にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。

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