天才リケルメが残したメッシやマラドーナ級のインパクト 批判された「遅さ」と真似できない圧倒的な個性

引退試合に出場したリケルメ【写真:Getty Images】
引退試合に出場したリケルメ【写真:Getty Images】

【識者コラム】「時代遅れ」と評されたリケルメ、遅く攻めてもゴールは狙えると証明

 フアン・ロマン・リケルメの引退試合が行われた。2015年にアルヘンチノス・ジュニアーズで引退しているので、ずいぶん時間が経っているがこういうケースもないわけではない。リオネル・メッシなどアルゼンチン代表とボカ・ジュニアーズ、かつてのチームメイトたちが参加している。

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 リケルメは彼自身が「2人の最も偉大な選手」と言う、ディエゴ・マラドーナとメッシの間にいた。マラドーナやメッシほど偉大ではなかったかもしれないが、残したインパクトの大きさは優るとも劣らないものがあったと思う。

 リケルメはマラドーナ、メッシとは全然違うプレーヤーだった。右利きと左利き、大柄と小柄、最大の違いはスピードの有無だ。リケルメはマラドーナ、メッシのような格別の速さを持たなかった。それどころか、その「遅さ」がしばしば批判されてもいた。

 動作や走る速度が遅いというより、攻撃をスローダウンさせてしまうことが多かったからだ。今時の「縦に速い攻撃」が良いという価値観に照らせば悪い見本だろうし、リケルメがプレーしていた時代でも好意的に見ない人は少なくなかった。

 味方に寄ってボールを預かり、トレードマークの「ピサーダ」(足裏を使ったプレー)で相手を翻弄しながらパスを散らす。それで前進するならまだしも、バックパスで速攻を台無しにしてしまうこともあった。相手が守備に戻る前に攻め切ってしまったほうが良いという考えからすると、とうてい理解できないプレーである。自分のペースでしかプレーしないリメルメには「時代遅れ」の評が付きまとっていたものだ。

 相手が守備を固める前に攻め込んだほうが有利なのは確かである。ただ、それだけがすべてではない。

 リケルメは執拗にキープし、縦横にパスを散らし、また受け直す。いかにも手数をかけすぎている。しかし、それによって相手守備陣は収縮と拡散を繰り返すことになるのだ。相手を操り、振り回して足を止め、まとめて置き去りにすれば、遅く攻めてもゴールは狙える。リメルメはそれを証明し続けた。

「何かが起こる、何かが違う」 ジダンと似ていたリケルメの雰囲気

 速攻は有利。しかし、速攻しかできなければゴールは遠い。相手の帰陣が間に合ってしまえば何もアイデアのないチームも多いなか、リケルメを擁するチームはいつでも活路を拓くことができた。

 そもそも速くプレーすれば、それだけミスも起こりやすくなる。マラドーナやメッシのように高速でも精度が落ちない選手ばかりではないわけで、スピードと精度はトレードオフの関係になりやすい。速さにはそれなりの節度も必要なのだ。

 リケルメは遅くプレーすることで精度、タイミング、アイデアが際立っていた。マラドーナやメッシの、何が起こったのか理解できないほどの速さがない代わりに、ゆったりとしたリメルメはより芸術的だったと言えるかもしれない。

 その都度変化していくフィールドというカンバスに色を重ね、構図を変えながら、思いもよらない形で決着させるリケルメの頭の中を理解するのは困難だった。けれども、彼がいることで何かが起こる、何かが違う。その点でほぼ同時代のジネディーヌ・ジダンとよく似ていた。あれしかできなかったのかもしれないが、ほかの選手には真似のできない、圧倒的な個性がそこにあった。

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西部謙司

にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。

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