“意味がない試合”の声は見当違い 88分間で「11対10」のエルサルバドル戦の意義

大勝したエルサルバドル戦の意義とは?【写真:徳原隆元】
大勝したエルサルバドル戦の意義とは?【写真:徳原隆元】

【識者コラム】引いた相手と戦うW杯アジア予選に向けてもシチュエーションを想定

 6月15日に行われたキリンチャレンジカップのエルサルバドル代表戦後、日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長は開口一番こう振り返った。

「レッドカードにしなくてもと思ったけれど、間違いなくあれも正しい審判だったと思います」

 試合開始早々の2分、上田綺世が厳しく詰めてボールを奪うとそのままシュートを放とうとする。たまらず抱きついた相手DFロナルド・ロドリゲスは「得点機会の阻止」で一発退場に。残る88分、エルサルバドルは10人で戦うハメになった。

 選手を入れ替え、体勢を整えたエルサルバドルの狙いは成功したかに見えた。PKを決められた4分以降、24分までは耐えたのだ。だが、前半25分に三笘薫のアシストで久保建英が加点すると、同44分には三笘薫のシュートをGKがこぼしたところに堂安律が詰めて前半だけで4点の差を付けた。

 結局6-0という一方的なスコアになったのは、退場が展開を変えてしまった部分があるのは間違いない。森保一監督も試合後の記者会見で「相手が早々に退場してしまったので振り返るというか、評価する部分で難しいところはある」と認めている。

 では、この試合は意味がないものだったのか。エルサルバドルは物見遊山で来たチームだったのか。それは違うだろう。

 まず、エルサルバドルは今回のアジア遠征のあとに、北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)加盟国にとって「最も大切」(エルサルバドルのウーゴ・ペレス監督)になる「コパ・デ・オロ」(ゴールドカップ)が待っている。今回はメンバー選考とチーム作りがメインテーマだった。選手にとっても重要なアピールの場だったのだ。

 それに10人になった相手が守備を固めたために攻めあぐね、挙句の果てには逆襲速攻から決勝点を奪われてしまうというのはよくある話。FIFAランキングがどんなに違っても、守ろうと決めた相手にゴールを奪えないのは、ワールドカップ(W杯)アジア予選で日本がよく経験しているシチュエーションでもある。

 そういう点を考えても、たとえ10人が相手とはいえ、日本代表にとっても確認できた部分、達成した部分がある戦いだった。

 まず相手ボールになった瞬間、2人、3人と次々に襲いかかり、ボールを奪取するか相手の攻撃を遅らせる。森保監督が常に強調してきた攻守の切り替えの重要なポイントはスムーズだった。

 次に相手がFW1人を残して守備を固めても、ボールを動かし、ポジションをずらしながら相手守備の穴を作って行く作業は続けられた。さらに、成果として最も顕著だったのは、6月12日の初練習で行われていた3人のコンビネーションで崩すという考え方が具現化できたことだ。

 典型的だったのは、久保建英、堂安律、菅原由勢が絡んだ右サイドと、三笘、旗手怜央、森下龍矢が絡んだ左サイドという日本のストロングポイント。W杯の時は単独突破を試みなければならない場面が目立つ戦いになってしまったが、この日は例えば三笘が中に入り、旗手がややポジションを下げ、空いたスペースに森下が飛び出していくという場面を何度も作った。右サイドでは久保と堂安が独特のリズムでパス交換して相手を引き付け、スペースを作って菅原の飛び出すタイミングができた。

森保監督のやりたいことが強豪国相手にできるか

 3月はぎこちなかった戦術が落とし込めつつあることは明らかだった。さらに戦術以外でも注目しておかなければいけない点がある。

 今回のメンバー表で目立ったのは、川崎フロンターレ勢が多いということだ。三笘、旗手、守田英正、板倉滉、谷口彰悟とクラブ出身者が5人、名を連ねた。その川崎勢のコンビネーションは生きたかもしれないが、今回のメンバーにはもっと別の側面がある。

 それは、谷口と守田を除けば全員が東京五輪世代ということだ。2018年、監督に就任すると森保監督は平均28.3歳だったチームから25.3歳へと若返らせた。カタールW杯では平均年齢27.8歳だったのが、この日のスタメンは25.8歳。再びチームを若返らせ、大勝を飾った。

 そして東京五輪メンバー、あるいは代表候補だった選手が増えたことで、五輪までの積み上げがそのままチームに取り入れられ、コンビネーションが上がった。短期間でチーム作りをしなければならない代表チームにとって、どれだけ共通体験を持てているかは重要な要素になる。それがこのチームではできていたのだ。

 本当は、森保監督は、こういうチームを作ってカタールW杯を目指していたのかもしれない。新型コロナウイルスの影響で東京五輪が1年延期になり、五輪世代は日本代表への完全合流が遅れることになった。日本代表も試合数が少なくなり、選手を試す機会が減っていた。カタールW杯のチームは、限られた条件の中で作り上げていったが、最初に想定していたのとは違ったのではないだろうか。

 そう考えると、今回のチームが森保監督の本当のスタートかもしれない。その船出としては、監督がやりたかったことがいくつも表現できていた。もっとも、大切なのは強い相手と対戦した時、同じようなことができるかどうかになる。

 森保監督は6月20日に行われるペルー代表戦が「間違いなくスピード強度ともに今日の試合とはまったく違った激しく厳しくハイスピードになる」と語る。今回確認できた「成果」が本物かどうかは、そのペルー戦でどこまで再現できるかで明らかになるだろう。

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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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