「彼女がいなければここにはいない」 三笘薫、プレミア初年度の躍進を支えた“夫人”の大きな存在【現地発】

転機となった今季初先発のチェルシー戦【写真:Getty Images】
転機となった今季初先発のチェルシー戦【写真:Getty Images】

【対談後編】三笘にとって転機となった今季初先発のチェルシー戦

 2022-23シーズンの欧州サッカーも、数多くの日本人選手がプレーで実力を示してきた。「FOOTBALL ZONE」ではそんな侍たちの活躍ぶりに焦点を当て、「海外組通信簿」と題した特集を展開。なかでもとりわけセンセーショナルな輝きを放ったブライトンの三笘薫のプレミア初年度を総括するべく、現地在住のベテラン日本人ライター2人、森昌利氏と山中忍氏による対談を実施。その内容を2回にわたってお届けする。後編では、三笘がホームのファン以外にも与えた影響力について取り上げる。

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山中 そう言えば、僕が住んでいる西ロンドンの自宅近くにノッティンガム・フォレストのサポーター親子がいるんですよ。今季プレミアに昇格したので、父親が8歳の息子を連れてノッティンガムの本拠地まで車を運転し、できる限り応援に出かけたそうです。だから4月26日のブライトン戦(第33節)も現地で観戦したと。

 フォレストが3-1で勝った試合でしたが、その親子はメインスタンド最前列で三笘のプレーを見たそうです。そうしたら息子が魅了されてしまって、帰ってくると三笘を「Mitomaさん」って呼ぶんですよ(笑)。目の前で素晴らしいタッチとスキルを目撃したせいか、「三笘さんはすごい、三笘さんはすごい」と、どこで覚えたのか分かりませんが“さん”付けで賞賛するんです。その子、冨安(健洋)は「Tomiyasu」って呼び捨てなんですが(笑)。それはさておき、三笘は負けた試合でも自分の特徴をアピールして、観客を魅了したということなんでしょう。

森 三笘は自分のドリブルに関して、「あえてスピードを上げないことでボールを完璧にコントロールすることを意識している」と言っていた。だからボールが足から離れない。けれども、左右に大きく素早く切り返して瞬時にトップスピードに到達するから、相手が一瞬にして置いていかれる。プレーにメリハリがある。それをピッチが近いイングランドのサッカー専用スタジアムで、文字通り目の前で見たらびっくりするよね。子供なんてすぐに憧れるでしょ(笑)。

 とはいえ、アウェーのファンまで魅了するのはすごい。近年のプレミアで飛び抜けたクオリティーで万人を魅了した選手となると、モハメド・サラー(リバプール)やケビン・デ・ブライネ(マンチェスター・シティ)といったところかな。三笘もプレーの質が高く、ゴールを予感させるエキサイティングな場面を作るから、相手チームの選手だとしても子供たちはハートを掴まれてしまうんでしょう。

山中 これは本当にすごいことですよ。所属しているチームや国籍に関係なく、フットボーラーとして純粋に英国人を魅了しましたね。三笘が今季初先発したチェルシー戦(第14節ホーム/4-1)は、特に忘れられません。先制点のアシストをした場面、こぼれ球をかっさらって相手ペナルティーエリア内に飛び込み(レアンドロ・)トロサールにスルーパスを通したプレーを見て、チェルシーファンの僕なんて「(グレアム・)ポッター監督は返すから三笘をくれ!」と思いました(笑)。あのアシストはスピード満点のうえ、DF3人に囲まれながらもきっちりパスを送った技術の高さが本当に光ったプレーでした。

森 あの試合は三笘にとって大きな分岐点になった試合だった。確か(ダニー・)ウェルベックが故障したことでセンターフォーワードが不在になり、デ・ゼルビがトロサールをセンターに据えて、開幕からベンチスタートが続いていた三笘を左サイドで先発させた。それまで左サイドのレギュラーはトロサールで、しかも絶好調。だから、なかなか三笘に先発の機会が訪れなかった。ただしこのチェルシー戦の前にも、時折トロサールをトップ下に動かし、三笘が左サイドにサブで入る形があった。だからいつかスタートからトロサールをセンターで使って三笘を左サイドで先発起用してくれと願っていたんです。そうしたらそれが強豪チェルシー相手の試合であっさり実現してびっくり(笑)。

 ポッターの時は3バックが主流だったから、三笘は基本的に左ウィングバックのサブだったでしょ。デ・ゼルビは三笘を先発に抜擢すると同時に、フォーメーションも4-2-3-1に変更した。これで三笘は守備の負担を軽減され、得意の2列目の左サイドでプレーすることができた。しかもこの試合で鮮やかに先制点をアシストしたから以降もこの形で最終戦まで戦ったわけで、これは本当にラッキーだったと思う。

現地で三笘ファンが急増【写真:ロイター】
現地で三笘ファンが急増【写真:ロイター】

年明けからブライトンで日本人ファンが急増、新婚旅行で観戦に駆けつけたカップルも

山中 ちなみに、チェルシーがホームでブライトンを迎え撃った試合(第31節/1-2でブライトンが勝利)でも印象に残る光景を目にしました。試合後にチームバスの前でファンに囲まれている三笘を見かけたんですが、最初は当然ながら試合に勝ったブライトンのサポーターたちが周りにいるものだと思っていたんです。チェルシーもブライトンも青を基調としたチームで、スカーフのデザインも同じ青と白のストライプなので。でもよく見たらブライトンのブルーとは微妙に違うし、スカーフ端にあるはずのカモメのロゴがない! あれっと目を凝らして見たら、なんとチェルシーサポーターでした(笑)。この試合でも三笘は、僕を含めてアウェーのサポーターも魅了してしまいましたね。個人的には今季の三笘で一番衝撃を受けたのはこの場面なんですよ。

森 ファンと言えば、今季はカタール・ワールドカップ(W杯)が終わり2023年に入ってからブライトンを訪れる日本人ファンの数がものすごい勢いで増えてね。シーズン終盤なんて三笘が試合後に1時間くらいかけてファンサービスをしていた。サインをしたり、一緒に2ショット写真を撮ったり。ああいう丁寧なファン対応はマンチェスター・ユナイテッド在籍時の(デイビッド・)ベッカムを思い起こさせた。

 取材で電車移動をしていた時に新婚旅行中の日本人カップルと知り合うこともあって。彼らは欧州を巡りながらサッカー観戦をしていたんだけど、三笘の活躍を見て「よし英国に行こう!」と決断したらしいよ。日本のサッカーファンに「ヨーロッパにサッカーを観に行こう」と思い立たせる力。それは本当にすごいと思う。

 それから、プレミア1年目であれだけ(サポーターが)チャントを歌う日本人選手はいなかったね。試合中に何度も、三笘が見せ場を作る度に巻き起こったんだから。有名なラテンのスタンダードナンバー「テキーラ」が原曲なんだけど、あの陽気なメロディーと三笘のスーパープレーが重なって、スタジアムはなんとも言えない幸福感と希望で溢れた。ホームだと3万人の合唱だから本当に迫力があったし、三笘に対する愛が伝わってきたね。

山中 三笘のチャント、ブライトンの町との相性も非常に良かったですよね。陽光溢れる南イングランドのビーチタウンですから。

三笘薫を支えた奥さんの存在も大きいようだ【写真:ロイター】
三笘薫を支えた奥さんの存在も大きいようだ【写真:ロイター】

プレミア1年目の活躍を支えた“夫人の存在”

森 最後に、「これだ!」と思う三笘の活躍を支えた要因にも触れておきたい。それは、“夫人の存在”だったんじゃないかなと。

 南野(拓実)は昨夏に切ない形でリバプールを去ることになったけど、思えば加入直後は不運がいくつか重なってしまったように思う。加入した2020年1月はリバプールが30年ぶりのリーグ優勝に向かって爆進していた時で、チームにとてつもない緊張感がみなぎっていた。あれだとシーズン途中に加入した選手はなかなかチームに溶け込めない。しかも、それからほどなくしてコロナ禍で英国は非常に厳しいロックダウンに突入。同居している家族以外とは全く会えないという厳格な規則が設けられた。

 その後、本人に当時の状況について「大変だったんじゃない?」と尋ねたら、「ロックダウンの最初の1か月間は誰とも会えませんでした」と言っていた。本当に孤独だったと思う。その後もしばらくコロナ禍の影響で、自由に動き回れない状況は続いたわけで。南野のリバプール生活はさぞ辛かったんじゃないかなと。当然ながらあまり街にも出なかったと言うし、気分転換もできなかったはず。しかも強いチームでなかなか出番がない。取材をしていても試合後は不機嫌に見えることが多かったし、常にピリピリとしていた。

 そんな南野とは対照的に、三笘はいつも爽やかな顔をしている。活躍した試合では浮かれることなく、見せ場がなかった試合でも淡々と「まあ次頑張ります」という感じ。気持ちが安定しているなあ、メンタルが強いんだなあと思っていた。

 ブライトンのホーム最終戦、初めて夫人と一緒にいるところを見て「ああ、彼女が三笘のメンタルの強さを支えていたんだな」と感じずにはいられなかった。プレミアではホーム最終戦後に選手が家族と一緒にピッチを一周してサポーターに挨拶するセレモニーがある。そこで三笘は最初どこか照れくさそうというか、セレモニーが少し面倒臭いというボディランゲージを見せていた。ところが隣に並んでいた夫人がスタンドのあちこちを指差しながら非常に楽しそうな笑顔で話しかけているうちに、三笘も笑顔になっていった。その表情の変化が印象的だったから、試合後の取材で「今季の活躍の影には夫人の存在も大きかったのでは?」と聞くと、すかさず「その通りです」と返事が。しかも「彼女がいなければここにはいない」とまで話して、三笘の選手生活に欠かせないパートナーであることを明かしてくれた。学生時代に知り合って恋人になり、お互いを支え合ってきた存在が側にいたというのは、プレミアデビューの1年にあって本当に大きかったと思う。

山中 そこは本当に大きかったでしょう。やっぱり海外暮らしに孤独は大敵ですよ。1人では、特に状況が悪くなるとどんどん内側に引きこもってしまうはずですし。それに南野が強いリバプールに所属したのに対し、ブライトンというクラブで伸び伸びプレーできたのも良かったと思う。来季はUEFAヨーロッパリーグ(EL)に出場して、リーグ戦と合わせて週2回、厳しい戦いを経験することになるけど、ブライトンの成長とともに三笘もさらなる成長ができると思います。怪我をしないことが前提ですが、来季は二桁ゴール二桁アシストを記録する、そんな選手に成長してくれると期待しています。

[プロフィール]
山中 忍(やまなか・しのぶ)
1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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森 昌利

もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

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