退任のフランクフルト監督へ、長谷部と鎌田が語る感謝の思い 「なかなかいない」「約束を守ってくれた」【現地発コラム】

フランクフルトのグラスナー監督が退任【写真:ロイター】
フランクフルトのグラスナー監督が退任【写真:ロイター】

フランクフルトのグラスナー監督が退任、ECL出場権獲得に選手ら歓喜「誇りに思う」

 フランクフルトのオリバー・グラスナー監督はグラウンドの真ん中に立ったまま、じっとしていた。リーグ最終節フライブルク(2-1)とのホームゲームのあとだ。相手に先制ゴールを許しながら、終盤の連続ゴールで逆転勝ちに成功。7位でシーズンを終え、来季UEFAヨーロッパカンファレンスリーグ(ECL)出場権を獲得することができた。

 あの時、グラスナーはどんな気持ちでグラウンドにたたずんでいたのだろう。表情はとても満ち足りているように感じられた。

「チームみんなの様子を見守っていたんだ。誇りに思う気持ちもあるし、選手の喜ぶ姿をとても嬉しい気持ちで眺めていたんだよ」(グラスナー監督)

 試合後の記者会見でそう心境を明かしていた。フランクフルトに来て2シーズン。グラスナーはクラブのレベルを引き上げた存在だ。

 UEFAヨーロッパリーグ(EL)優勝を果たし、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)ではグループリーグを見事に突破。初参戦となった世界最高峰の大会でトットナム、マルセイユ、スポルディングという歴戦の強豪相手にグループ通過を決めたのは、並大抵のことではない。フランクフルトサポーターは固く信じたはずだ。これから、すごい時代が来ると。

 選手を信じ、選手の成長を信じ、チームを守り続けた。上手くいかないプレーをした選手がいても自然体でかばう。CL決勝トーナメント1回戦でナポリに敗れたあと、チーム全体のモチベーションがガクッと落ち込んでしまい、どんなアプローチをしても、なかなか最高レベルまで引き上げられない時でも、その姿勢を崩そうとはしなかった。

 とはいえ、すべてを受け入れることができない日もある。もちろんリーグ10試合連続未勝利という結果がいいものではないことはグラスナーも分かっている。だからといって、ありとあらゆることすべてを批判的に切り取られる状況に我慢できなくなる心境だって理解できる。

 気持ちの整理がどうにもつかず、“つい”普段より攻撃的な言葉が出てきてしまったこともあるのではないか。指揮官だって人間だ。ミスを犯すことはある。そうした一連の流れが結果として首脳陣から問題と受け止められ、折り合いがつかなくなってしまい、今季限りでクラブを去ることになってしまったのは残念だ。

ファンも驚きと悲しみ、有終の美を逃したグラスナー監督「どんな敗戦も次へのチャンス」

 グラスナーが今季限りで退任するとクラブから公式公表された時、ファンの多くは驚きと悲しみの反応を見せていた。納得がいかないファンがどれほどいたことか。クラブにこれほどまでに貢献し、心血を注ぎ、上手くいかない時でも全力でチームと向き合っている監督と別れを告げることが正しい選択だとはどうしても思えない。

 上手くいかない時に全部を最初からやり直すべきなのか。では継続性とはなんなのだろう。ミスから学び、それを次に生かし続けていくことではないのだろうか。「CLで決勝トーナメントには進出したけど、リーグとのバランスが取れなくなり苦労した」という事実から、問題点を抽出し、来季に向けた戦略を考え、戦力補強と整理をして臨む。それでもダメならその時だろう、変化を考慮するのは。

 グラスナーはクラブの決断を受け入れ、そして最後の最後までフランクフルトのために戦った。フライブルク戦後、ECL出場権の獲得をとても喜んでいた。

「素晴らしいシーズンを送っているフライブルク相手に勝てた。先制点を許したが、試合途中にヘルタがボルフスブルクにリードしているというアナウンスがスタジアムに流れて空気が変わった。4-4-2にシステム変更してさらにオフェンシブに戦った。1-1になった瞬間、試合に勝てるという感触をスタジアム中が感じた。今日は最後に何かが起こるはずとベンチで話していたんだ。ヨーロッパカップ戦をここまで愛するクラブはそうはない。カンファレンスリーグ出場を決めることができて嬉しい。でもまだ終わっていない。カップ戦決勝がある。感情だけではライプツィヒには勝てない。やれる限り全ての力を出して戦う」(グラスナー監督)

 最後の旅路はベルリン。ドイツカップ決勝のライプツィヒ戦(0-2)では押し気味に試合を進めていたが、押し切るができず、逆に2得点を相手に許して後塵を拝することになった。有終の美を飾ることはできなかった。それでもグラスナーはスッキリとした表情で記者会見に臨んでいた。

「この2年間、我々は素晴らしいシーズンを送ることができたと思う。それに、どんな敗戦も、それは次へのチャンスでもあるんだ。私がフランクフルトに来る前、あと少しでCL出場のチャンスを逃していた。でも、それがあったから私たちはELに出場し、そこで優勝することができたんだ。だから今日の負けは来季カンファレンスリーグで優勝するチャンスでもあるんだ。応援しているよ」

長谷部と鎌田が語るグラスナー像「まだまだ上に行く監督」「に本当にいい人だった」

 元日本代表キャプテンのMF長谷部誠がフライブルク戦後にグラスナーをこう評していた。

「一緒にやっていて非常に興味深い考え方とか捉え方、やり方をする監督で。そして人間性も非常に素晴らしい監督。多くのことを学んだかな。最後こういう形でファンに惜しまれながら辞める監督ってなかなかいないと思う。新しいチャレンジをすぐするかは分からないですけど、これからまだまだ上に行く監督なんじゃないかなと思います」

 日本代表MF鎌田大地も感謝の思いを口にしていた。

「守備面の部分はアディ・ヒュッター監督の時よりすごく求められることが多かった。対人で強くいくところもそうですし、チームには戦術というやり方があって、なかなか目には見えないものかもしれないですけど、戦術的規律のところを僕自身すごく守ってやっていた。だからこそ、去年はなかなか点が取れなくても試合に出続けられたと思う。守備の面はすごく成長した。攻撃に関しては、ある程度自由にやらせてもらっていたところがあるので、彼にはすごい感謝もしています。シーズンが始まる前に彼と2人で、自分が移籍をしそうな時に話して、そこで約束していたことに対しても、彼自身はすごく守ってくれた。自分がよくない時も守ってくれていた。もちろん監督としてもいい人だと思いますけど、人間的に本当にいい人だったなと思いますね」

 グラスナーもまた、フランクフルトで大事なことを学んだ。記者会見でこんなことを言っていたことがある。

「フランクフルトに来た時、私はつまらない人間だったかもしれない。だがこの2年間で、フランクフルトは私をとても感情的な人間にしてくれたようだ」

 記録だけではなく、記憶に残る指揮官として、そして成長へと、成熟へと導く監督として、ファンや選手の心に残っていくことだろう。

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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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