独4部→1部の成り上がりFWに学ぶ「ストライカーの極意」 共闘の元Jリーガー絶賛「やられる怖さがあった」【現地発コラム】

ウニオン・ベルリンのケビン・ベーレンス【写真:Getty Images】
ウニオン・ベルリンのケビン・ベーレンス【写真:Getty Images】

ウニオンFWケビン・ベーレンスの凄み、ともにプレーしたGK福留健吾が証言

 第32節終了時にドイツ1部ブンデスリーガ4位につけるウニオン・ベルリンで、レギュラーとして活躍する32歳のドイツ人FWケビン・ベーレンスはこれまで世代別代表に一度も選出されたことがない叩き上げの選手だ。

 4部リーグで長くプレーしながら、そこで地道に結果を出し続け、2018年に2部サウドハンゼンへ移籍すると、ここで3シーズン98試合31得点13アシストという好結果を残す。サンドハンゼンは毎シーズン2部で残留争いをしているチーム。守備を徹底的に固めてハードワークとカウンター、あとはセットプレーでゴールを奪うことが唯一の手段で、チャンス数は決して多くはない。そこで毎年のように二桁ゴールを決めるというのは、誰にでもできることではないのだ。

 30歳となった2021年に1部ウニオン移籍を果たすと、そこでも徐々に実力を発揮し、貴重なゴールで何度もチームを救う活躍を見せた。4部アーヘン時代にベーレンスとチームメイトだったGK福留健吾(水戸ホーリーホック、アスルクラロ沼津、ガイナーレ鳥取でプレー。現在Yonago Genki SC所属)によると、当時から「ゴールを決めることに関しては抜けていた」という。

 得点力、決定力はいろんなところで議論されている。ゴールが決まらないと「得点力が欠けている」「あの選手の決定力はもの足りない」と言われてしまう。そもそもストライカーと呼ばれる選手は、何が優れているのだろうか。福留は次のように語る。

「トレーニングの時、彼(ベーレンス)とやり合うわけですけど、やっぱりポジション取りから、ボールの置き方まで、常に意識がゴールへ向かってきているというのを感じましたね。完全にゴールからの逆算でプレーの優先順位ができている。『ゴールを決めるためのポジションや相手との位置取り』が彼の中にはちゃんとあって、だからそこにポジションを取る。もちろんアシストをしたりというプレーもあるんですけど、『周りにアシストする』ための立ち位置を取ったりしているわけではない。常に自分が点取れる位置にいるから、味方からそこへボールが来るし、彼にボールが渡ったらやられるという怖さがありましたよ。その意志がもろに表に出ている感じでした」

ベーレンスは「最後の瞬間の単純なパワーみたいなところは抜けていた」

 ゴール前では一瞬の判断が勝負を分ける。ボールを止めるのか、ダイレクトで打つのか、どこへ蹴り込むのか。ゴール前に今飛び込むのか、それとも下がってスペースで待つのか。

 その判断基準が整理されていない選手は、何かがずれてしまう。タイミングは良くても走りこむコースが違ったり、コースは合っていてもタイミングが悪かったりする。また、相手を上手くブロックできていてもシュートに持ち込めず、シュートに行けても相手にぶつけてしまう。そのパターンはいろいろだ。

 選択肢はシンプルなほうが判断は鋭く、迷いも少なくプレーできる。GKがここ、相手がここ、ボールがここ、スペースがここ。では俺はここ、という具合だ。

 ベーレンスのようなストライカーは基準が明確でシンプルだから動き出しが早く、動き出したらそれをやり遂げる強さを持っている。

「そうした最後の瞬間での単純なパワーみたいなところは抜けていたと思います。『俺が点を取ってやる!』っていう意志がびんびんキーパーにまで伝わってくるのは、彼だけだったなと思い出します。とにかくサイドにボール入ってクロス上がってきたら、怖かったですよね。ヘディングが強いのも、そこまでのコース取り、ジャンプするタイミングとスピードが優れているから。空中戦に関してはすごく印象は強いですね」(福留)

 サッカーは相手がいるスポーツだ。相手DFも必死に守ろうとする。だから何度も跳ね返される。だからゴール前に飛び込んだり、シュートが打てる位置に動くことを躊躇したりはしない。いつでも貪欲で、妥協は一切せず、ゴールを一心に狙う。

「ケビンがプレースタイルを変えたりなんてないです。ないです(笑)。あれは根っからの気質ですよね。それに激しく飛び込んでくるんだけど、そのタイミングとコース取りは当時から上手いから、そこまで危ないプレーというのはないんですよ。あとすごい印象に残っている試合があります。当時4部リーグの上位決戦でエッセンというクラブとの試合があったんですけど、4部の試合なのにホームスタジアムが満員になったんですよ。3万1000人ですよ。その試合で決勝ゴールを決めてくれたのもケビンでした。大事な試合であればあるほど燃えるし、ゴールを決めるというストライカーとして強さがある。今ウニオンで見せていうプレースタイル、そのものですよ」(福留)

結果を残しながら徐々にステップアップ「ジェイミー・ヴァーディとかぶりますよね」

 当時4部でプレーしていた仲間が2部クラブへ移籍し、今では1部の4位につけているクラブでレギュラーとして活躍。UEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場権を手にしようとしている。福留は「レスター(・シティ)のジェイミー・ヴァーディとかぶりますよね」と話していたが、本当にそのとおりだ。

「当時の彼(ベーレンス)の目標がどこにあったのか、どこまで明確に上に行けるかって描いていたのかは分からないですけど、少しずつプレーするカテゴリーが上がっていって、いろいろ葛藤しながらも結果をしっかり出してるあたりはさすがだし、凄いことだなと思いますね」(福留)

 ベーレンスはワールドクラスのストライカーではないかもしれない。だが、自分のゴールで何度も人生の道を切り開いてきたという、ストライカーとしての歩みから学べることはたくさんあると思うのだ。

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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