カメラマンが見た鹿島の迷走 元“辣腕”クラブ強化担当の流儀に倣うなら「モーションを起こす時」
【カメラマンの目】好調神戸との差が鮮明、ファインダー越しで見えた鹿島の現状
「オレたちも勝ちたいんだよ!」
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降り続く雨のなか鈴木優磨が発した言葉は心からの叫びだった。
J1リーグ第8節鹿島アントラーズ対ヴィッセル神戸の一戦。リーグ開幕から好調を維持し首位を走る神戸とは対照的に、鹿島は不安定な戦いが目立ち下位に低迷。試合はリーグの順位をそのまま反映するように1-5と結果、内容ともに鹿島の完敗に終わった。
試合後、サポーターへの挨拶に向かう鹿島の選手たちの足取りは重く、彼らはホームベンチ側のゴール裏で深々と頭を下げると、肩を落としたままメインスタンド下のロッカールームへと引き上げて行った。
だが、キャプテンの鈴木はほかの選手たちが去ったあとも、ひとりゴール裏に立ち尽くし続けた。広告看板に両手を付き、しばらく俯いたまま動こうともせず、ようやく顔を上げた鈴木の目は涙で濡れていた。鈴木はサポーターからの勝利を望む声を聞くと、広告看板を乗り越えてスタンドへと歩み寄り、試合に勝ちたいのはサポーターだけではなく、自分たち選手も同じ思いであると声を絞り出した。
言うまでもないが選手は誰もが勝利を目指してプレーしている。しかし、戦術という意思統一で武装しなければ、たとえ高い個人能力を持つ選手たちが揃うチームであっても、ピッチで輝くことが難しいのがサッカーだ。
その点で言えば神戸は目指すサッカーが明確であり、ピッチに立った選手たちの意思が見事に統一され、それが実際にプレーに表れていた。神戸スタイルの代表格となるのが汰木康也だ。汰木は華麗なテクニックを駆使しドリブルでチャンスを作るプレーを得意としている。だが、そうした個性の発揮は最小限に止められ、戦術の動きを優先するプレーに徹している。これが好調神戸の要因である。
神戸の左サイドを活性化させるこの背番号14番は、ボールを持ち前線へと攻め上がると、相手のマークを受ける前に素早く味方へとパスをつなぐプレーが目に留まった。素早い判断は相手にマークに付かせる時間を与えず、そのためプレッシャーを強く受けることがないため、パスにもミスが少ない。
神戸は左サイドの汰木だけでなく、右には武藤嘉紀が、さらに初瀬亮や齊藤未月など中盤から後方の選手も積極的に素早いパス交換からサイドを攻め上がり、ゴール前へ次々とラストパスを供給。中央で待つエース大迫勇也もターゲットマンとして、またゴールゲッターとして圧倒的な存在感を放った。神戸のプレースタイルはシンブルだったがスピードがあり、かつダイナミックであり、試合を通して鹿島守備陣を翻弄し続けた。
圧巻だったのは勝利を揺るぎないものとしたチーム5点目となるゴールだ。後半40分、ジェアン・パトリッキがマーカーを振り切り力強いドリブルで右サイドを突破し中央へマイナス気味にパス。受けた山口蛍がすかさず縦にパスを出すと、走り込んできた酒井高徳に合う。酒井はさらに中央へボールを送り、最後は武藤がネットを揺らしたチーム5点目は完璧な崩しによる得点だった。
対して鹿島のスタイルはどうだったか。組織的な守備はあまり見られず、さらに1対1でも競り負ける場面が目に付いた。攻撃面でもチームとしての崩しは作れず、攻守ともにタレントが揃っているものの彼らが存分に力を発揮できないまま、なす術なく敗れた印象だ。
勝負強さが消えたチームの姿に、来日の神様ジーコは何を思ったか…
鹿島を強豪クラブへと仕立て上げたジーコが来日し試合を観戦していたが、かつての勝負強さが消えた今シーズンのチームの姿に、彼は何を思っただろうか。
ジーコの横には長年にわたって鹿島の強化を担い、2021年までフットボールダイレクターとして辣腕を振るった鈴木満氏も観戦していた。かつて鈴木氏は監督交代などチームに大きなモーションを起こす目安はリーグ戦の成績が6位になった時だと語っていた。それ以下の順位に沈むと挽回は難しくなると考え、6位を決断の目安としていると語っていた。
鈴木氏のことをあるJリーグチームのスタッフは、勝負師のような一面を持っている人物だと評していたこともある。なるほど、ほかのチームスタッフは難しい決断でも果敢に下し、それを成功させてきた鈴木氏のことをそうした人物だと見ているのかと思った。
確かに鈴木氏本人も強化にあたって重要なことは最終的に自分の意思で決めると言っており、それが失敗すれば自分が辞めるだけだとも話していた。前出した他チームのスタッフがこうした言葉を聞いたわけではないが、鈴木氏の鹿島における果敢な姿勢による成功がまさに勝負師の姿だと思わせたのだろう。
現在、チーム強化の任に当たるのは鈴木氏の右腕として10年以上にわたってサポートしてきた吉岡宗重氏である。鈴木氏がチーム強化のノウハウをすべて教えたという吉岡FDは、今大きなモーションを起こす時を迎えているのではないだろうか。
チームの現状を見れば神戸に敗れてリーグ15位と低迷し、残念ながら好転の兆しは感じられない。決断を起こす時の基準が必ずしも前任者の鈴木氏と同じである必要はないが、チームは明らかに迷走している。厳しい言い方だが現在の岩政大樹監督には指導者としての経験不足は否めず、低迷するチームを好転させる術を持ち合わせていない。
それなら現場から一旦離れさせ、指導者として見詰め直す時間を作ってあげるのも1つの手であるように思う。
このまま手をこまねいていては低迷からの脱却はまずない。監督交代は考えてないと吉岡FDは言うが、指導スタッフのテコ入れだけでなく、チームを上昇させるためには、強化責任者の彼が思い切ったモーションを起こす必要があるように思うが、その決断が注目される。
サポーターに向かって見せた鈴木の涙が、鹿島に関わるすべての人たちの気持ちを奮い立たせるきっかけとなればいいのだが……。
徳原隆元
とくはら・たかもと/1970年東京生まれ。22歳の時からブラジルサッカーを取材。現在も日本国内、海外で“サッカーのある場面”を撮影している。好きな選手はミッシェル・プラティニとパウロ・ロベルト・ファルカン。1980年代の単純にサッカーの上手い選手が当たり前のようにピッチで輝けた時代のサッカーが今も好き。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。