「なぜトゥヘル切る?」 名門チェルシー、ポッター政権崩壊の2大要因…英在住記者が見た混迷「選手は自信喪失」【現地発】

混迷の続くチェルシー【写真:ロイター】
混迷の続くチェルシー【写真:ロイター】

【対談前編】“チェルシーウォッチャー”歴25年以上、現地日本人ジャーナリストに訊くクラブの今

 イングランド1部チェルシーが揺れている。2003年7月にロシア人富豪のロマン・アブラモビッチ氏が買収して以来、20年にわたってプレミアリーグ屈指の強豪となったチェルシー。しかしロシアのウクライナ侵攻で56歳のアブラモビッチ氏が英国政府による経済制裁の対象になると、クラブ売却を決断。米実業家のトッド・ベーリー氏率いるコンソーシアム(共同企業体)が落札し、新たな時代が始まった。

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 そしてベーリー政権は昨年9月にトーマス・トゥヘル監督を解任すると、ブライトンをプレミア中堅に押し上げたグレアム・ポッター監督を招聘。47歳の英国人青年指揮官と5年契約を結び、アブラモビッチ政権下では見られなかった長期的展望を示した。

 ところがポッター政権はわずか7か月で終焉して、新オーナーの目論見は泡と消えた。現地時間4月6日にフランク・ランパード氏の暫定監督就任を発表したとはいえ、一体チェルシーは今後どうなるのだろうか。そこで、混迷の実態と将来の展望を探るべく、今回は4半世紀以上にわたってチェルシーを追いかけてきたロンドン在住の日本人ジャーナリストである山中忍氏に話を聞いた。

 山中氏は1994年、ベルギーに移住。97年に西ロンドンに移り住むと、グレン・ホドルやルート・フリット、ジャンフランコ・ゾラに惹かれたことがきっかけで熱烈なチェルシーサポーターに。今日まで本拠地「スタンフォード・ブリッジ」に通い続け、クラブを間近に見つめてきた。また現地では地元サポーターと交流し、英国メディアの情報をオンタイムで収集している。現在のチェルシーについて訊くうえで、山中氏ほど適任の存在はいない。

トゥヘル解任は“衝突を厭わない性格”への警戒心が理由?

森 まず聞きたいのは、昨年9月のトゥヘルの解任とポッターの招聘。これどう思いました?

山中 「なぜ? こんな簡単にトゥヘルを切るか?」という思いと「その代わりがなぜポッター?」という2つの思いが重なったのが率直な印象でした。その後、現地でいろいろ見聞きしていると、トゥヘルを切った理由は監督としての能力によるものではなく、彼の“経営陣との衝突を厭わない性格”を新しいオーナー(トッド・ベーリー氏)が警戒したという可能性が浮上してきたんです。

 つまり、人間的にソリが合わなくなる恐れがあるから解任したのが一番の理由だったと。ポッターの招聘は、新オーナーが標榜した“長期的展望”に基づいた人選だったのでしょう。これはアブラモビッチ時代から言われていましたが、実現したことはなかった。だからファンとしては、ポッターの監督就任でクラブのカルチャーが変わるのであれば、歓迎はできない部分はあったとしても最終的にそれもありかなと思いました。

森 トッド・ベーリーという人物はかなり自己主張の強いタイプに見えます。オーナー就任後の「プレミアでもオールスター戦をやればいい」という発言からもその一端が垣間見えるのではないかと。“金も出すが口も出す”というタイプ。そういう人なら、やはり前任(アブラモビッチ氏)の色を少しでも早く消したいと思うでしょう。衝撃的だったトゥヘル解任とポッター招聘という決断は、そんな新オーナーのエゴも反映されているのでは?

山中 それはあると思います。とはいえ、誰がオーナーになってもどこかのタイミングで自分が連れて来た監督に替えるんじゃないですか。でも、トゥヘルは自分がファンという事実を差し引いてもビッグクラブの監督としてチェルシーにハマっていると感じましたし、スーパースターが揃ったチームのマネジメントも良かった。だから、経営陣の意向に素直に従わないかもしれないというピッチ外の理由だけで、こんなにもあっさり切られてしまっていいのかと思いましたね。

 とはいえ、これまでのチェルシーのようにすぐにまたビッグネームを連れてくるという監督交代でなかった。「ここでポッターなのか」と思う反面、これまでとは違う経歴の監督を連れてきたことで、本気で新しい路線を歩むつもりだという気概も伝わってきたんです。

森 監督交代が成功していたら、「新しい経営陣の大英断」と絶賛されていましたね。

山中 まさにそう。アブラモビッチ時代にたくさんのタイトルは獲ったけど、1人の監督とともにチームが成長していくというような長期的展望はなかったので、これまでとは違った形でチームが強くなればいいなとは思いました。

ビッグクラブ初経験と冬の大型補強、陥った悪循環

森 ポッターはプレミア上位チームにいないタイプの英国人監督で、47歳という年齢も魅力。それに彼が監督に就任するまでのブライトンはプレミアとチャンピオンシップ(2部)を行き来するクラブで、守り重視の地味なサッカーをしていたでしょ。そこにテクニックのある選手を中心に据えたボールをつなぐ攻撃的なサッカーを持ち込み、急速に強くした。そんなスタイルがチェルシーに合う可能性は高いと思いました。成功すれば“新時代”を強烈にアピールできたはず。しかし勝てなかった。その要因はどこにあるのでしょう?

山中 まず、ハイレベルの結果が求められるビッグクラブの指揮が初めてだったという事実が挙げられます。ただ同情すべき点もありましたよ。トゥヘルのあとを引き継いでからチームに怪我人が多く出たこと。しかもポッターの攻撃的なスタイルを体現するうえで、最も重要だった左右ウイングバックのレギュラー2人が長期離脱していたのが痛かった。イングランド代表のリース・ジェームスとベン・チルウェルです。

 もちろん、ポッターはブライトンを成功に導いた3バックをチェルシーにも持ち込みたかったはず。だけど、あの2人が抜けてアウトサイドでチャンスを作るサッカーができなくなってしまった。一時期4バックを採用しましたけど、MFエンゴロ・カンテも故障で全く使えなかったのも痛かった。4-2-3-1の中盤底で攻守の鍵になるフランス代表MFがいないのだから、4バックにしても戦績が上向かなかった。

 そのうえ、1月の移籍期間にはFWミハイロ・ムドリクやMFエンソ・フェルナンデスといった若手有望株8人を次々と獲得。ポッターはコーチとしては優秀だと思います。選手を育てるのは上手い。しかし、チェルシーのようにビッグスターを何人も連れてくるクラブですぐに結果を出させる手腕と経験が足りなかったと思う。1月の移籍期間を経て、ポッターにとっては自分がやりたいサッカーがさらに見えなくなっていったと思います。

 つまり、ポッターに即戦力の新加入選手を活躍させる力量が足りなかった事実と、自分らしいサッカーをやる環境がどんどん崩れていったこと。この2つがチェルシーを勝利に導けなかった2大要因だと思います。さらにそんな悪循環の中だと、選手は迷うばかりで、どんどん自信を喪失したように見えました。

森 ポール・ウィンスタンレー氏とローレンス・スチュワート氏というクラブのディレクター2人がオーナーに解任を進言したうえで、現地時間4月2日に練習場を訪れ、ポッターに引導を渡したという報道もありました。これは補強担当者が自分たちに責任追及の手が及ぶ前に監督に全責任を負わせたという意図があったのではないかと勘繰ってしまうような話。ポッターの希望は補強に反映されていました?

山中 ポッターは希望を聞かれていないと思います。というのも、1月の移籍期間中の記者会見を聞いていて、いろいろと言うのだけど本人の表情や発言を噛み砕いて解釈すると「何がどうなっているのか僕には分かりません」というふうに聞こえたんです。そういう様子だったので、あの時点でポッターのことが本当に心配になった。

 ただ補強内容に関しては、確かにウインガー兼ストライカーというタイプを獲り過ぎたというツッコミどころはあるものの、連れて来た選手のほとんどが20代前半。しかも加入して即一軍で使える能力があったし、若手の力を引き出すのが上手い監督ならさらに飛躍する可能性を秘めた選手が大半を占めていた。こうした将来性重視の補強はアブラモビッチ時代には見られなかったもの。そういう意味で少なくとも“ポリシー”は感じられた。47歳のポッターに5年契約を与えて、じっくりチームを育てようという意図に沿ったものでしょう。残念ながら今回はダメだったけど、将来性のある若い監督と若い選手を組み合わせるという方針は悪くはなかった。

28試合29ゴール、チェルシーの“ゴール欠乏症”

森 それじゃ2~3シーズンはポッターに任せるべきだったと。とはいえ、それでも解任になったのはやはり成績が悪すぎたから? ビッグクラブにとっては最低条件である来季のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場権もほぼ絶望的な状況になっています。

山中 成績重視なら現地時間2月18日のサウサンプトン戦(プレミアリーグ第24節/ホーム/0-1)に負けた時点でクビになっていたんじゃないですかね。どちらかというと、今季は成績を度外視していたんじゃないかと思います。今世紀になって初めて、オーナーとクラブ幹部が監督に優勝を求めていないシーズンになっていたという印象です。今季は順位が何位になってもポッターを続投させて、来季はプレシーズンからしっかりチーム作りをさせるのだろうと思っていました。

 それに3月には、CLラウンド16第2戦でドイツ1部ボルシア・ドルトムントに快勝(2-0)して準々決勝に進出したことで希望も見えた。この試合では、ポッターのやりたいサッカーの兆しが少し見えたように思います。ところが国際マッチデーに突入する直前のリーグ戦で、降格争いをしているエバートンに引き分け(プレミアリーグ第28節/ホーム/2-2)。さらに、代表ウィーク明けのアストン・ビラ戦(プレミアリーグ第29節)ではホームにもかかわらず0-2で負けました。ポッターは「内容は良かった」と言い続けていましたが、やっぱり悪い結果が試合続くと「この人に任せていてはダメだ」という空気があっという間に広がってしまったんでしょう。

森 アストン・ビラ戦のデーターを見ると、ポッターの発言どおり負けたのが不思議な内容でした。69%のポゼッションを記録し、27本のシュートを放ってそのうち8本が枠内だったわけだから。けれども、ゴールが生まれなかったのは事実。

 今季チェルシーが低迷している要因として28試合でわずか29ゴールという低い数字があります(4月4日時点)。ちなみに同じ28試合だと、18位のリーズは36ゴール、19位のレスターでさえ39ゴールを記録しています。ゴール欠乏症の理由は?

山中 チャンスは作った、でも確かに運もなかったというのはある。ポストやバーに当たったり、際どい判定で取り消されたり……ゴールがどこかで1つか2つ決まっていたら違う流れになっていた可能性はあります。選手も自信を失わずに済んだかもしれない。

 確かにセンターフォワードがいないとよく言われるけど、ゼロトップが機能していたこともある。しかし点が取れない状態になって、ゴール前で余計なプレッシャーがかかるようになると、1トップのカイ・ハフェルツも「自分はセンターフォワードではない」と言い始めてしまった。一方、ピエール=エメリク・オーバメヤンは監督が全然使わない。これでチームの雰囲気が特に悪くなったとは思わないですが、ゴールを決めなくちゃいけないシーンで本職のストライカーではない、ゴールを決めることが最優先の仕事ではない選手にボールが渡って外す。こういうことが重なって選手が自信を喪失してしまったと考えられますね。

[プロフィール]
山中 忍(やまなか・しのぶ)
1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時に見は訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

(森 昌利 / Masatoshi Mori)



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森 昌利

もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

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