日本サッカーの将来も左右…崩しは理論化できるか? 行き止まりを突破できたチームが大きなアドバンテージを得る
【識者コラム】W杯はすでに戦術の最先端が披露される場ではなくなった
カタール・ワールドカップ(W杯)の決勝を戦ったアルゼンチン代表とフランス代表には、いわゆるスーパークラックがいた。リオネル・メッシとキリアン・エンバペだ。おそらく偶然ではない。
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かつてW杯はスーパースターを擁するチームが優勝していた。1958年の初優勝から黄金時代を築いたブラジルにはペレがいた。1974年の決勝は西ドイツにフランツ・ベッケンバウアー、オランダにヨハン・クライフ。1986年はディエゴ・マラドーナの大活躍でアルゼンチンが優勝している。
そこまでスーパーでなくても、大会限定でスーパーな活躍をして優勝したのが1978年のアルゼンチン(マリオ・ケンペス)、1982年のイタリア(パオロ・ロッシ)であった。
ところが、90年代以降はそうでもなくなった。スーパースターの有無よりもチーム全体の能力、特に守備力が決め手になっていく。1994年のロマーリオ、98年のジネディーヌ・ジダンはスーパーではあったが、彼らの活躍よりも守備の安定が効いていた。
21世紀になるとロナウド、リバウド、ロナウジーニョの3Rが輝いた2002年を例外として、06年イタリアや10年スペイン、14年ドイツは、誰か1人の活躍で優勝したという感じは全くなかった。エンバペのいた18年フランスの優勝も、そこまでエンバペの活躍が決め手というわけでもなかったと思う。
チームとしていかに優れているか、言い方を変えると戦術的に秀でたチームが勝っていったのだが、2022年カタールでファイナルに残った2チームは、特に戦術的に凄かったということもない。W杯はすでに戦術の最先端が披露される場でもなくなっていた。
守備は組織された。ビルドアップもできるようになった。その点では強豪とそのほかに大きな差がなくなっていた。差を付けるのはチャンス創出のクオリティーであり、組織化された守備を「崩す」力になったのだが、そこで再現性を持って崩す力があるのはスーパーなタレントを有するチーム。つまり、80年代までの状況に戻ったわけだ。
崩し切れる組織を作れたのはグアルディオラ監督下のバルセロナが最後
ただ、80年代までと違うのはスーパースターの存在がそこまで決定的にならないこと。ハリー・ケインのイングランド、ネイマールのブラジルは勝ち切れなかった。守備組織はそれだけ堅固で、スーパースターのいない強豪国ドイツ、スペインはボール保持ができてもかえって崩せずに敗退している。日本やモロッコには上位進出のチャンスが広がる傾向だが、決勝の2チームがメッシとエンバペの能力を最大化させることに特化した2チームだったことを思うと、結局は「個」という現実に絶望的な気持ちにもなるかもしれない。
しかし、違う見方をすると組織で崩せるチームはどこにもなかったということ。その領域を切り開けば明確なアドバンテージを得るわけだ。
崩し切れる組織を作れたのはグアルディオラ監督下のバルセロナが最後だろう。崩しを理論化できたチームだった。ただ、そのバルサもメッシ、シャビ、イニエスタの「個」があったのは事実で、グアルディオラ監督自身もバルサの崩しをバイエルン・ミュンヘン、マンチェスター・シティでは再現し切れていない。理屈は分かった。ただ、実行するには複数のタレントが必要だった、というところで止まっている。この行き止まりを突破できたチームはおそらく大きなアドバンテージを得る。そこに入り込めるかどうかは、日本の将来を左右するのではないか。
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。