指揮官・片野坂知宏はなぜ、慕われたのか J2降格を責める者は“なし”、苦境での大胆な“モノマネ“に滲み出た人間性

天皇杯で最後の指揮を執った片野坂知宏監督【写真:高橋 学】
天皇杯で最後の指揮を執った片野坂知宏監督【写真:高橋 学】

【J番記者コラム】時には選手以上に喜びを爆発させ、悔し涙も流す“一体感”のあるチーム作りを実行

 今季限りで大分トリニータを離れた片野坂知宏監督は、2016年に就任し、わずか3年でチームをJ3からJ1まで2段階昇格させた。戦力差を組織力と戦術でカバーし、チームとしての約束事を徹底しながら、選手の自主性も重んじる。そのマネジメント力は、選手の心をがっちりと掴んだ。

 ベンチで熱く、ピッチ外では明るい。片野坂監督は先発、ベンチ、ベンチ外という区別なく選手とコミュニケーションを図った。選手と一緒に勝利を喜び、時には選手以上に喜びを爆発させ、悔し涙も流し、一体感のあるチームを作り上げた。

 そんな片野坂監督だが、J1に昇格した2019年からは自ら選手との距離を置いたこともあった。理由は「J1はシビアに割り切って勝つための戦い方、選手選考が求められた。選手のケアより、次の試合の準備を優先した」からだ。

 前の試合で結果を出した選手であっても、次の試合に出られないことも多かった。対戦相手によって大胆なメンバーの入れ替えが幾度と行われ、選手はもちろん、スタッフですら、次のスタメンを予想するのは難しかったが、その度に選手が結果を出したのは事実だ。

 しかし、今季はシビアなマネジメントが功を奏せず、開幕からの不調でチーム内には重苦しいムードが漂った。終盤戦では残留争いの渦中にあり、選手がプレッシャーでストレスを抱えたのは明らかだった。そんなときに片野坂監督は自ら大胆なパフォーマンスでチームの雰囲気を一気に変えた。

 お笑いコンビ・ペナルティのワッキーさんが自身のツイッターで試合中にアグレッシブに動き回る片野坂監督のモノマネ動画を投稿したことを受け、片野坂監督がまさかの“アンサーモノマネ”。ワッキーさんの持ちネタの芝刈り機をコミカルに演じ切った。

「ワッキーさんが僕のモノマネを取り上げてくれたので恩返ししたかった。やるからには吹っ切らないと面白くない」と全力でモノマネに挑戦。前日からワッキーさんの持ちネタをチェックし、入念に動画を見て予習したようだ。

「あれはヤラセでもなく、監督が自主的にやりたいと言ったらしい。かなり練習したと聞いている」と後日、MF野村直輝は明かした。片野坂監督は緊迫した状況を楽しむことを忘れるなと、選手へのメッセージを送ったのだ。

 野村は「厳しい状況でアレをするのは、いろんな意味があると思う。大分に関わる人を元気付けたし、選手は監督の思いに最高のパフォーマンスで返さなければいけない」と思ったそうだ。結局、J2降格を回避できなかったが、良い意味で開き直りなおることができ、選手の前向きな姿勢を引き出すことができた。天皇杯の快進撃も芝刈り機パフォーマンスから始まったとっても過言ではない。

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柚野真也

1974年生まれ、大分市出身。プロ、アマ問わず、あらゆるスポーツを幅広く取材。現在は『オーエス大分スポーツ(https://os-oita.com)』で編集長を務める傍ら、新聞や雑誌、ウェブなど各媒体で執筆する。一般社団法人日本スポーツプレス所属。

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