浦和時代の長谷部誠と“師弟関係” ドイツ英雄が成功を確信した理由「凄い選手になると…」

浦和レッズ時代のフランクフルト元日本代表MF長谷部誠【写真:Getty Images】
浦和レッズ時代のフランクフルト元日本代表MF長谷部誠【写真:Getty Images】

【ブッフバルト氏インタビュー】浦和監督時代に長谷部誠を指導「本当に素晴らしい思い出だよ」

 ギド・ブッフバルト氏が指揮を執っていた頃の浦和レッズに在籍していた選手たちが次々に現役を退くなか、教え子の1人であるフランクフルトの元日本代表MF長谷部誠は、今もプレーを続けている。ブッフバルト氏が浦和の監督に就任した2004年当時、長谷部はプロ入り3年目の若手。その前年の2003年に中盤で定位置を掴み、飛躍が期待される有望株の1人だったが、実際にプレーする姿を間近で見て、ブッフバルト氏はすぐに長谷部の素質に気づいた。

「最初の時点で、彼は凄い選手になると思った。賢くて戦術理解度がとても高かった。規律正しく振る舞い、プロ意識も高かった。もっと成長したいという意欲に満ち溢れていた。彼のような選手と一緒に仕事ができたことは、本当に素晴らしい思い出だよ。周囲の意見にもよく耳を傾け、アドバイスを活かそうと努力していたのを覚えている」

 練習態度について、ブッフバルト氏が長谷部を咎めたことは一度もなかったという。のちに日本代表でも約8年間にわたって主将を務めた男は、20歳の時点ですでにプロフェッショナルだった。選手としても高い技術を兼ね備えていたことから、ブッフバルト氏は長谷部を中盤の位置でレギュラーとして起用し、2列目から駆け上がって攻撃を活性化させることを役割として課した。

「私は彼を6番(ボランチ)か、8番(オフェンシブハーフ)の位置に置いていた。当時の浦和の中盤は5人の選手で構成されていて、彼はケイタ(鈴木啓太)とコンビを組むことが多かった。その位置からパスやドリブルによって攻撃にしっかりとアクセントをつけることができていた。まだ若かったが、私のチームではとても重要な選手だった」

 ブッフバルト氏が天皇杯連覇を置き土産にドイツへ帰国してから1年後の2008年1月、恩師の後を追うように長谷部もブンデスリーガへの挑戦を決断する。その当時ブンデスリーガでプレーしていた日本人選手はFW
高原直泰(フランクフルト/現・沖縄SV)だけだったが、長谷部のヴォルフスブルク移籍の知らせをドイツで聞いたブッフバルト氏に不安は一切なかったという。

「長谷部なら絶対に成功すると確信していた。3年間指導して彼の実力は知っていたし、私自身も現役時代にブンデスリーガでプレーしていたので、どのぐらいのレベルかは分かっていたからね。環境に素早く適応して上手くやっていけるはずだと思った」

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