“岡田メソッド”との親和性 スペイン1部も指揮、FC今治リュイス監督が日本に来た理由

J3初参戦で上位に食い込む快進撃を見せているFC今治のリュイス監督【写真:Getty Images】
J3初参戦で上位に食い込む快進撃を見せているFC今治のリュイス監督【写真:Getty Images】

【インタビュー前編】10代から指導者の道を歩んできたリュイス監督が感じた日本サッカーの可能性

 今季J3初参入となったFC今治は、初年度からリーグ5位(33節終了時点)と快進撃を見せた。

 DF駒野友一、MF橋本英郎ら元日本代表選手ですら例外でない、トレーニングから「コンペティティブ」(競争力)を促すチームマネジメントは、2015年のレノファ山口以来となるJ3初年度のJ2昇格こそ逃したが、15勝10分8敗で18チーム中5位という好成績。かつブラウブリッツ秋田、AC長野パルセイロに次ぐ25失点という堅守につながっている。

 そんなFC今治を率いるのは、スペインからやってきた39歳のリュイス・プラナグナ・ラモス監督だ。10代からジュニア年代での指導経験を積み、2016年にはグラナダで暫定的ながらリーガ・エスパニョーラで指揮を執った。

 そんな新進気鋭のスペイン人指揮官は、なぜ日本の地にやってきたのか。FC今治の根幹を成す「岡田メソッド」と自らの指導哲学との親和性、日本とスペインとのサッカー観の違い、今治での日々について、リュイス監督の言葉をお届けする。

   ◇   ◇   ◇

――まず、リュイス監督が日本のサッカーを知ったきっかけから教えてください。

「日本のサッカーを知ってコンタクトを取るようになったのは、約20年前の2001年です。当時、日本のジュニアチーム(千葉県選抜)がバルセロナへやってきた時、現地での指導者を探していたなかで私にオファーがありました(注:当時の千葉県選抜メンバーはJ2ギラヴァンツ北九州MF加藤弘堅ら)。私も当時20歳と若かったんですが、そこで当時所属していたエスパニョールのジュニアチームを見つつ、千葉県選抜の指導もスポットで関わりました。彼らに対しては非常に教えやすかった印象があります。

 次に日本サッカーと接したのは、私がエスパニョールBの監督をしていた2015年。全日本大学選抜チームがスペインに遠征してきて、エスパニョールBとトレーニングマッチをしたんです。結果は1-0で我々が勝ちましたが、すごく厳しい試合だったことを覚えています。

――当時の全日本大学選抜メンバーには、日本代表DF室屋成(ハノーファー)を筆頭に、MF松下佳貴(ベガルタ仙台)、MF和泉竜司(鹿島アントラーズ)、FW呉屋大翔(柏レイソル)などがいました。

「すごく良いチームでした。当時のメンバーには今、FC今治でプレーしているFW澤上竜二も含まれていますね。そういった流れのなかで、『日本にもすごくいい選手がいる』と知ることができたので、それ以降はスペインでサッカー指導者の仕事を続けながら、バルセロナに住む日本人サッカー関係者とコミュニケーションを取っていたんです。バルセロナの日本料理店もよく行ってました。私の妻も子供も、日本食は大好きです」

――日本人のサッカー関係者ともコミュニケーションをとるなかで、リュイス監督は日本のサッカーにどのような可能性を感じていたのですか?

「確かに大学生のプレーからは可能性を感じました。ただその半面、かつて何人かの日本人選手がスペインでプレーするのを見ていると、その上の世界的な領域に到達できるとは感じませんでした。しかし、その後日本人選手がヨーロッパの各国で活躍するようになって、日本人選手にも世界で戦える可能性が出てきたことを思うようになってきたわけです。スペインで言えば、決して若いというわけではないですが、FW岡崎慎司(ウエスカ)、MF柴崎岳(2部レガネス)らです。そして、彼らと違ったタイプでありますが、MF久保建英(ビジャレアル)といったところですね」

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