アジア大会決勝で屈辱のインアウト「力不足を実感」 V逸で落涙…再出発へ「もう一度あの舞台に」

U-21日本代表の福永裕也【写真:徳原隆元】
U-21日本代表の福永裕也【写真:徳原隆元】

アジア大会決勝で前半28分に投入、後半28分にピッチを退いた福永裕也

 試合途中から立ったピッチを終了前に別の選手との交代で後にする。選手が屈辱を覚えるインアウトを、U-23韓国代表との愛知・名古屋アジア競技大会決勝で味わった大学生がいる。前半28分に投入され、後半29分に交代したU-21日本代表のFW福永裕也(京都産業大学3年)は、直後に臨んだ横浜F・マリノスとの天皇杯3回戦で先制ゴールを決めながらも逆転負けを喫した悔しさも込めてさらなる成長を期している。(取材・文=藤江直人)

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 途中出場した選手が、怪我をしたわけでもないのに再び交代でベンチへと下がる。サッカーでインアウトと呼ばれる監督の采配は期待に応えられなかったと映る点で、当該選手が屈辱を覚えるとされる。

 京都産業大学のアタッカー福永裕也も、U-21日本代表として臨んだ大一番でインアウトを経験した。

 U-23韓国代表と対峙した3日の愛知・名古屋アジア競技大会決勝。相手選手との接触で右膝を痛めた1トップのンワディケ・ウチェブライアン世雄(オールボー)が、前半28分に交代を余儀なくされた直後だった。

 U-21代表の大岩剛監督が身長185センチ・体重77キロのンワディケの代わりに指名し、右ウイングへ送り出したのは172センチ・72キロの福永。右ウイングで先発していた石井久継(湘南ベルマーレ)が左シャドーに、左シャドーで先発していた嶋本悠大(清水エスパルス)が最前線へとそれぞれポジションを変えた。

 スクランブル出場した福永は、主戦場とする右ウイングで積極果敢にプレーした。いずれも相手ゴールの枠は捉えられなかったものの、前半37分と39分、後半開始直後の3分と合計で3本のシュートを放った。

 しかし、日本は後半16分に先制点を許してしまう。反撃が届かないまま迎えた同28分。苦境を打開しようと動いた大岩監督は、福永に代えて石橋瀬凪(せな、湘南)を同じ右ウイングのポジションに投入した。

「個人としてもそこまで悪くないプレーができていたからこそ、やはり少し悔しい思いがありました」

 46分間のプレータイムでチーム最多のシュートを放ちながらも、自国開催の国際大会決勝で味わったインアウトをこう振り返った福永は、自らへベクトルを向けながらさらにこんな言葉を紡いでいる。

「僕が代表活動のなかで積み上げてきた信頼と、横山や石橋が積み上げてきた信頼との比較というところでいうと、やはり僕が積み上げてきたものが劣ってしまった。それだけだと思っています」

 大阪・門真市で生まれ育ち、京都橘高校から京都産業大学に進んだ福永は、今年3月にU-21代表が実施した韓国遠征で初めて年代別日本代表入り。同6月のスロベニア遠征でも引き続き日の丸を背負った。

 一方で石橋は左ウイングで存在感を放った横山夢樹(セレッソ大阪)とともに、2028年のロサンゼルス五輪出場へ向けて、前回パリ五輪に引き続き五輪世代の指揮を執る大岩監督から常に招集されていた。

 ンワディケが予期せぬ負傷退場した決勝では、3日前のU-21ウズベキスタン代表との準決勝で先発し、延長戦の前半終了間際までプレーした石橋のコンディションも考慮してすぐに投入できなかった事情もあった。

 それでも福永はアジア競技大会でのプレータイムの合計が187分と、FW古谷柊介(東京国際大学4年)と並んで20人のフィールドプレーヤーでは最少だった状況への思いも込めながらこんな言葉を残している。

「もう一度あの舞台に呼んでもらえるように、しっかりと大学のほうで結果を残して、もっと信頼してもらえる選手になっていきたい。もうすぐ最上学年になるので、チームを引っ張っていくところで言うと、ピッチの内外で選手としても人間としても、もっともっと成長していかなきゃいけない。そこには磨きをかけていきたい」

 愛知・名古屋アジア競技大会に招集された23人のうち、大学生は東洋大学2年のDF岡部タリクカナイ颯斗、卒業後の柏レイソル加入が内定している古屋、そして福永の3人だけ。福永本人をして「自分が得た経験は普通の大学生にはできないと思う」と言わしめた、約3週間のU-21代表での活動は何をもたらしたのか。

 キャプテンのDF市原吏音(AZ)やDF小杉啓太(アイントラハト・フランクフルト)ら、4人のヨーロッパ組を含めた同世代の選手たちと共有した濃い時間を、福永は努めてポジティブに受け止めている。

「全員のクオリティーも何もかも高くて、自分の力不足を実感する3週間でした。高いレベルと高い基準をもったみんなと一緒に生活してきたなかで、もっと圧倒的にならなきゃいけないと何度も感じました」

 韓国戦から4日後の今月7日。舞台を豊田スタジアムから日産スタジアムに変えた一戦で、U-21日本代表から京都産業大学の一員に戻った福永が再出発へ向けてまばゆい輝きを放った。

 横浜F・マリノスと対峙した天皇杯3回戦。両チームともに無得点の均衡を破り、京都産業大学がジャイアントキリングを起こす予感を漂わせたのは左シャドーで先発していた福永だった。

 敵陣の中央でパスを受けると、左サイドへ開いたMF末谷誓梧(4年)へ素早くパス。そのままペナルティーエリア内へ侵入し、卒業後の水戸ホーリーホック加入が内定している末谷の折り返しを左足で流し込んだ。

 試合前に福永は末谷に耳打ちしている。対面に来るDF井上太聖との駆け引きを制し、縦へ抜け出せたときにはマイナス方向に折り返してほしい、と。以心伝心のゴールを、福永は代表での経験が生きたと振り返った。

「3週間の活動で慣れたというか、代表の強度やクオリティーの高さを知っているからこそ、ほかの選手たちよりは周りを見ながら落ち着いてプレーできたかな、という感覚が自分のなかにありました」

 試合は後半に暗転する。卒業後の清水エスパルス加入が内定しているキャプテンのDF小野成夢が後半14分に一発退場。DOGSOで与えた直接FKを16分にFWジョルディ・クルークスに豪快に叩き込まれた。

 さらに23分にはマリノスのキャプテン、MF天野純に逆転ゴールを喫してそのまま敗れた。直前の22分に迎えた決定機で、相手ペナルティーエリア内でゴール正面から利き足の右足で放った一撃をクロスバーの上へ大きく外してしまった福永は、試合後には人目をはばからずに号泣。再び自らへベクトルを向けている。

「対人の部分で大学生相手にはほとんど負けない、といった実感みたいなものが自分のなかにありました。それでもレベルが上がって代表選手やプロが相手になると、そういった自信が少し薄れてしまう。ゴール前のクオリティーや強度を含めて、すべてのレベルをもっと、もっと上げていかないとプロの舞台でやっていけない」

 卒業後にプロ入りを目指す福永は、すでに複数のJクラブの練習にも参加している。その過程で愛知・名古屋アジア競技大会決勝でのインアウトと、天皇杯3回戦での先制ゴールと逆転負けを立て続けに経験した。

 韓国戦に対する思いの丈を福永が語ったのは、マリノス戦を終えた日産スタジアムの取材エリアだった。悔しさを介して、自分が求めるプレーに対する基準がさらに上がったのでは。こう問われた21歳のアタッカーは「はい」と静かに首を横に振っている。さらなる成長へ向けた覚悟と決意が垣間見えた瞬間だった。

(藤江直人 / Naoto Fujie)



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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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