メンバー外への助言は「逆に悶々とする」 現役時代から考え変化…鄭大世が抱く”指導者像”

優れた指導者になるために必要なことは何か
元北朝鮮代表FWの鄭大世氏は今、Y.S.C.C.横浜でコーチを務め指導者のキャリアを積んでいる。監督として大成するべく悩み、考え抜く日々。そんななか実際に現場に立ったことで見えてきた選手時代とは異なる景色、指導者として必要な能力について考えを語った。(取材・文=元川悦子/全5回の5回目)
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横浜スポーツ&カルチャークラブ(Y.S.C.C.横浜、以下=YSCC)で指導者の道を歩み始めた鄭大世。かつてJリーグで活躍したストライカーは今、北朝鮮代表監督を目指して前進していこうとしているわけだが、名選手だった人物が名監督になるのは本当に難しいことである。
日本代表として名を馳せた人々に目を向けても、大成功しているのは森保一監督くらいで、コーチを務めている名波浩もジュビロ磐田、松本山雅FCでは目覚ましい成果を残したとは言い切れないものがあった。
今では2002年日韓W杯世代の指導者が多くなっている。アスルクラロ沼津を率いた中山雅史元監督(現CRO)、いわてグルージャ盛岡と高知ユナイテッドを率いた秋田豊元監督(琉球デイゴススーパーバイザー)、ガイナーレ鳥取を率いた森岡隆三元監督(クリアソン新宿アカデミーヘッドオブコーチング兼クラブリレーションズオフィサー)というように、志半ばでチームを離れることになった元名選手は数多い。今季からガンバ大阪を急遽指揮することになった明神智和監督も今、雌伏の時を過ごしており、多くが現実の厳しさを痛感しているはずだ。
代表クラスだった元名選手が監督としてなかなか成功できないのはなぜなのか――。
上記の問いに鄭大世はこう答えた。
「選手時代に有名だった人は、うまくいってもいかなくても注目度が高い。成果を残せなければ、『うまくいっていない』と思われる確率がより高まるということもありますね。
とはいえ、そもそも監督業というのは、仕事があったりなかったりの繰り返し。今のJリーグには長年指揮を執っている石崎信弘監督(松本山雅)のようなベテラン指導者もいますけど、浮き沈みがあって当たり前。僕はそう前向きに捉えていますし、まずはコーチからいろんな経験をさせてもらいながら、少しずつ前進していこうと思っています」
実際、指導者キャリアをスタートさせてから、選手との関係性や距離感といったこと1つとっても、自身がプレーヤーだったころとは異なる考えを抱き始めているという。
「僕が選手だった時は、『なぜ自分を使わないのか説明してほしい』とずっと考えていました。森保監督がメンバー外になった選手に謝りに行くという話を聞いて、すごくいい監督だなとも感じていましたけど、指導者は必ずしもそういう行動を取るべきじゃないなという思いも湧いてきたんです。
というのも、出ていない選手にアドバイスをしたら、過度な期待が生まれる可能性があるから。彼らが期待感を高めているのに外したら、不満が増大することもあり得ますよね。
ベテラン選手になってからの自分を振り返っても、監督やコーチに話しに行くことが増えました。だけど、喋ったからと言って解決する問題は1つもなかった。逆に悶々とするし、『監督はああ言っていたのに違うじゃん』と矛盾も感じる。その経験を踏まえても、結局、監督は何もしないのが正解なんじゃないかという考えに至りつつあります。
もちろん今の自分はコーチなので、監督と選手の間に入ってサポートしています。『お前はこういうところが足りない』『これはやっちゃダメ』とストレートに言いますし、よくなるように力を尽くしますけど、試合に使ってもらえるとは限らない。そういう彼らの思いを汲んで、的確なマネジメントをしていくことが、指導者である自分に求められているんだと今、痛感しています」
鄭大世は今、選手とどう向き合うべきかを日々、模索している。そうやって悩み、苦しみ、考え抜いていく経験が、優れた指導者になるために必要不可欠なことなのだろう。
「監督に必要な能力というのは、マネジメント力と戦術・采配力。森保監督はどちらかというとマネジメント力に秀でた指揮官だと言われますけど、どちらもイーブンに持ち合わせているのが理想だと思います」
そういう力をつけるためにも、今のYSCCでの指導経験が重要になってくる。特にFWに対しては指導できることが非常に多い。そこは本人も自信を持ってアプローチしている部分だ。
「自分の現役時代を思い返してみると、20代の頃は感覚でやっていましたけど、30代はロジックでやるようになったので、ゴールに再現性が生まれました。その経験を踏まえて、選手に立ち返る場所や原理原則を伝えるようにしています。
ある選手がなかなか点を取れなくて苦労している場合、動き出しなのか、フィニッシュの技術にあるのかなど原因は人によってまちまちですね。クロスへの入り方が悪いかもしれないし、ボールの受け方、ポジションの取り方、ポストプレーの仕方と、分析すれば課題はたくさんある。そこに着目して、何が足りていないのかをしっかりと伝えていけば、彼らもすぐに改善しようと取り組めますよね。
例えば、ウイングからウイングの攻撃というテーマであれば、FWは相手の背中を取って前に入ることが大事だし、いったん止まって駆け引きすることも重要。ただ走ればいいだけじゃない。そうやってディテールにこだわって誠心誠意、アドバイスしていれば、信頼関係も自然と生まれますし、自分がやれることも増えてくる。彼らが殻を破るきっかけも与えられると思います」
鄭大世は自分が関わることで、選手が自主的に成長していこうとする意欲やモチベーションを高めてほしいと強く願っている。「自分からやらないと活躍できる選手になれない」というのは、身を持って体感してきたことだからだ。
「指導者になって分かったのは、決定権はこっちが握っているけど、主導権は選手が握っているということ。練習をちゃんとしてくれないと試合で使えないですし、それをきちんとやるかどうかは彼ら次第。そこだけは強調して伝え続けていきたいと思っています」
引退から3年半を経て、ギラギラ感を取り戻した鄭大世は指導に対してとにかく貪欲だ。これだけのパッションを持つ人材がどのように監督になり、勝てるチームを作っていくのか。その動向を興味深く注視していきたいものである。(文中敬称略)
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)

元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。
























