指導者とタレント業の両立「槙野のように」 W杯出場からJFLコーチへ…鄭大世が向き合う“試行錯誤”

分析した解説から即現場がうまくいかない理由
Jリーグや海外で長く活躍した元北朝鮮代表FWの鄭大世氏は今夏、Y.S.C.C.横浜のコーチに就任し、指導者への道を歩み始めた。名選手、必ずしも名監督にあらず。こうした言葉が象徴するように、日本ではまだW杯を経験した元選手の成功例は少ない。そんななか、鄭大世は今後の指導者として進むべきキャリアを慎重に見つめている。(取材・文=元川悦子/全5回の2回目)
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ワールドカップ(W杯)に参戦した代表クラスの選手が引退後、どのような指導者キャリアを歩むのかというのは、日本サッカー界の1つの課題となっている。というのも、W杯参戦経験のある名選手が指導者として目覚ましい成功を収めた例が非常に少ないからだ。
2026-27シーズンのJリーグで指揮を執る監督に目を向けても、日韓W杯戦士であるガンバ大阪の明神智和監督、ドイツW杯戦士の奈良クラブ・大黒雅志監督、ロシアW杯戦士の藤枝MYFC・槙野智章監督といった面々がいるが、8月のJ2月間優秀監督賞を受賞した槙野監督以外はやや苦戦中。過去にJで采配を振るった面々も途中解任されるケースが少なくない。
8月からJFL・横浜スポーツ&カルチャークラブ(Y.S.C.C.横浜、以下=YSCC)のコーチに就任した鄭大世もそういう前例に目を向けながら、指導者キャリアの構築を慎重に考えている。クラブ関係者が与えてくれたチャンスへの感謝とともにこう語る。
「元代表クラスの人たちは引退後、解説者になることが多いですけど、解説から現場に出て監督をやったらうまくいかない例をよく見ます。
その原因を僕なりに考えてみると、マネジメント術や多彩なレーニングメニューへのノウハウが足りないのに、分析だけをしているケースが多いのではないかと感じるんですよね。
自分もそうですけど、解説から監督をいきなりやるのはリスクが高いし、ちょっと怖かった。何事も経験が必要ですけど、まず現場で選手と向き合って、指導しながらマネジメントを学び、トレーニング方法を成熟させていくことが重要。YSCCはそれができる場所ですし、日々学ばせてもらっています」
引退後に下部カテゴリーから指導の道に入ったという意味で、彼の歩みは前述の槙野監督と重なるところがある。
槙野監督は鄭大世と同じ2022年末にヴィッセル神戸で現役選手生活にピリオドを打ち、翌年からセカンドキャリアへ移行。解説・タレント業と並行して、当時神奈川県社会人サッカー2部リーグに所属していた品川CCセカンドの監督に就任。当初は平日2回のトレーニングと週末の試合に赴き、解説・タレント業と両立させていた。
その後、2024年からは神奈川県1部を戦うトップチームの監督に就任。2シーズン指揮を執り、さらに2025年にはJFA公認Proライセンス講習に参加。ドイツのケルンや浦和レッズでの研修も行い、同年末にライセンスを取得。そのまま2026年から藤枝へ赴くという超特急コースのJ監督就任にこぎつけたのだ。
「槙野の道筋というのは、僕にとってもすごく参考になるものですね。自分も彼のように指導現場に立ちながらProライセンスを取得しなければいけないと考えています。
僕は2024年の年末にA級ライセンス講習会に参加しました。現役時代からC級、B級と着実に取っていき、今年の年初にようやくA級を取得。その時は今、アルビレックス新潟の監督をやっている船越優蔵さんがチューター(サポート役)として指導してくれました。
ただ、自分にはどこかのチームで指導した経験がなかったですし、せっかちで大雑把な性格もあって、練習の細かい設定やオーガナイズがなかなかうまくできなかった。周りの優等生たちはすぐにクリアできるのに、僕は補修を受けて何とか受かった感じでした。
だからこそ、指導経験がなく、引き出しの少ない人間がいきなり監督をやるのは難しい。特にJリーグクラブともなれば、向き合う選手たちもレベルが高いので、自分にしっかりとした蓄積がないと厳しいかなと感じています。
槙野は品川CCでいい経験をして、Proライセンスを取って藤枝に辿り着いた。そういう意味でもリスペクトを持って見ていますし、自分もYSCCでチャンスをもらったので、しっかり修行したいという思いが強いですね」
鄭大世は同じ時代にドイツでプレーしていた仲間に追いつけ追い越せで努力していくつもりだ。
幸いにして、YSCCの選手たちは鄭大世コーチに対して真摯に向き合ってくれる人間ばかりだ。今季のチームはかつてサガン鳥栖で10番をつけた金民友、川崎フロンターレや浦和レッズでプレー経験のある馬渡和彰のようなベテラン、川崎のキャプテン・脇坂泰斗の実弟・崚平、キャプテン・樋口堅のような他のJクラブから来た20代選手などが混在しているが、全員が鄭大世の偉大なキャリアに敬意を持って接してくれている。そこは彼にとっての大きなアドバンテージだろう。
「自分はまだまだ“お客さん”(苦笑)。グランドに立って、攻撃練習の時に声をかけるといったところからのスタートです。そして全体練習が終わった後に個人指導をしたりもしています。
(天野)太雅なんか筆頭ですけど、FW陣はよく僕にいろいろ聞きに来てくれます。ポジションの取り方や駆け引きの仕方、ボールの受け方とか経験から伝えられることはたくさんありますし、今はそういうところから教えている段階です。
砂川(太希)監督代行もみんなの意見を聞き入れてくれるタイプの人なので、試合の時も僕が感じていることや気づいたことを選手に伝えてくれることも多い。練習後のスタッフミーティングでも長い時間かけて一緒にメンバーを決めたり、練習メニューを立案したりしますけど、それも含めて、自分にとっては監督を目指すうえでいい学びと経験になっている。それは間違いないですね」
爽やかな笑顔をのぞかせる鄭大世。彼が加わったYSCCがここからどういう軌跡を描いていくのかが非常に楽しみだ。(文中敬称略、第3回に続く)
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)

元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。





















