不遇の新人に告げた「一緒にプレーしたい」 引退エースと後継者の絆…チームを牽引する主将「勇気づける」

川崎で共闘した小林悠と脇坂泰斗【写真:徳原隆元】
川崎で共闘した小林悠と脇坂泰斗【写真:徳原隆元】

引退の小林悠へ花束を贈呈した脇坂泰斗

 スパイクを脱ぐ決断を下した小林悠の表情はどこまでも穏やかだった。

「プロサッカー選手をやっている以上、いつか誰しもに来る日が来たなという思いです。自分の中では決めていたことなので、こうしてたくさんの人の前で話せることでホッとしています」

 プロ入り後、川崎フロンターレのユニフォーム一筋で17年。等々力の歓喜も絶望も背負い続けてきたエースストライカーは、39回目の誕生日を迎えた会見の場で2027年1月1日での現役引退を発表した。

 その終盤、花束を抱えて現れたのがキャプテン・脇坂泰斗だ。主役の隣で言葉を詰まらせた背番号14は、涙ながらに自らの思いを絞り出している。

「泣くつもりはなかったんですけど……すごく光栄なことですけど、同時に一番、嫌な仕事でもありました」

 涙声の脇坂を見つめる小林は、照れたような優しい眼差しをしていた。この光景は、前14番である中村憲剛の引退時に朝から泣き続け、涙が枯れた状態で花束を渡した2020年の自分自身の姿とどこか重なっていたからである。

「ヤストは絶対に泣くだろうと思っていました。ケンゴさんの時に僕がそういう役目をやりましたけど、あの時は朝から泣きすぎていて、記者会見で花束を渡す時は涙も出てこなかったんです。ヤストとは食事に行ったり、長い時間を一緒にともに過ごしたので、やっぱり嬉しかったですよ」

 時計の針を8年ほど巻き戻していく。

 2018年、ルーキーだった脇坂はプロのぶ厚い壁に跳ね返され、リーグ戦の出場機会を掴めずにいた。居場所を見つけられない若者に、当時キャプテンを務めていた小林は優しいだけの言葉はかけなかった。プロの世界の厳しさを知るからこそ、彼に足りないものと自信を持つべき武器を告げたうえで、伝えた。

「お前と一緒にプレーしたいんだ」

 この一言が、若き日の脇坂の心に火をつけている。

 約束が結実したのが、翌19年5月、令和の幕開けとともに行われた第10節・ベガルタ仙台戦。等々力が満員御礼となる2万5000人を超えるなか、リーグ戦初スタメンを掴み取った脇坂からのラストパスを、小林は鮮やかにゴールへねじ込んだ。

 3-1で勝利した試合後、2アシストを記録した脇坂について、中村憲剛と比較したこんなコメントを小林は口にしている。

「ケンゴさんは完全なパサーというタイプで、ヤストの場合は動きながらのプレーがあるのでスピード感が出てくる。ケンゴさんほどのスルーパスはないですが、動きながらの連係で崩せるので、やりやすいです」

 小林にとっては、数え切れないほど積み重ねてきた得点の1点に過ぎなかったかもしれない。だが、脇坂にとっては違った。記念すべきリーグ初スタメンの初アシスト。それを決めてくれたのが小林だった。何より試合後にかけてもらった言葉を心に深く刻んだ。

「試合後に、『こっから頑張ろう』と悠さんに言ってもらえて、仲間として認められた感がすごく嬉しかった。そこからいろんなものをもらいました。勇気ももらいましたし、悠さんと過ごした時間は本当に宝物です」

 あれから時は流れ、現在の脇坂は腕章を巻く立場として4シーズン目を迎えている。

 このクラブにはリーグ優勝を達成したときのキャプテンが2人存在している。1人は17年の初優勝と18年の初連覇を達成した小林。もう1人は、2度目のリーグ連覇を達成した20年と21年の谷口彰悟だ。

 前者はゴールへの執念を燃やし、その背中で語った。一方の後者は、完璧な立ち振る舞いで後ろからチームを統率した。中盤のプレーヤーである脇坂は、両者を道標にしながら、自分なりのキャプテン像を模索していると話してくれたことがある。

「僕が副キャプテンで、ショウゴさんがキャプテンだった時期もあるのですが、ショウゴさんのキャプテンがすごすぎて、『これ、何もすることないじゃん』と思ったこともあるぐらい(笑)。ショウゴさんは、ザ・キャプテンというか……あそこを目指しちゃうと違うなっていうのを24年と25年で気づきました(笑)。一方で、ユウさんみたいに背中で引っ張ったり、得点という結果やピッチ外の人間性の振り幅がすごすぎて、『この人を信じられる!』みたいなタイプもいますよね。なので、その2人が自分らしさを教えてくれたと思っています」

 脇坂は「人間性の振り幅」と小林を評していたが、試合では誰よりもゴールにこだわりを見せるストライカーでありながら、ひとたびピッチを離れれば、愛すべき天然ぶりで誰をも笑顔にしてしまうポンコツといじられるキャラクターが魅力だった。

 この日の会見でも小林は空気を和ませていた。冒頭、引退時期を1年勘違いして切り出す展開に、脇坂は涙声の中に少しだけ笑みを混ぜている。

「さっき僕が聞いていたより引退が1年延びていたんですけど(笑)、そういう天然なところも大好きです。残りの時間は自分の思うようにプレーしてほしい。でも、応援してくれる人たちのために身体を張るのが悠さんだと思う。最後、一緒に天皇杯を獲れるように、僕もキャプテンとして引っ張っていきたい」

 湿っぽさだけで終わらせない温かな空気こそが、小林悠が愛され続けた理由そのものだった。かつて「お前と一緒にプレーしたい」と手を差し伸べてくれた先輩を、今度は自分が勝たせて送り出す。脇坂が手渡した花束には、そんな絆があることも感じられた。

 引退発表会見から数日後。

 脇坂のキャプテンぶりについて小林に尋ねると、柔らかな笑みを浮かべながら、後継者への確かな信頼を口にした。

「ヤストはヤストなりにキャプテンをやっているから、そのまま頑張ってタイトルを獲ってほしいなと思います。あれだけ上手い選手ですけど、本当にチームのために走っていますし、守備にも貢献している。ああいう上手い選手が泥臭くやることがチームを勇気づける。昔のヤストにはそれが足りなかった。その部分が本当に成長したなと思います」

 巧さの上に泥臭さを纏い、背中で引っ張るフロンターレの流儀は、いま確かに背番号14に受け継がれている。等々力のピッチで紡がれてきた魂は、1つの時代に幕を下ろすと同時に、次の歴史へと力強く歩み出している。

(いしかわごう / Go Ishikawa)



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いしかわごう

いしかわ・ごう/北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。

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