日本は「欧州上位クラブ選手が増えないと」 痛感した”個の力”… 24年間繰り返される「よくやった」

日本代表はブラジルに敗戦【写真:徳原隆元】
日本代表はブラジルに敗戦【写真:徳原隆元】

日本はブラジルに敗れてベスト32で大会を去った

 悔しかった。残念な試合だった。日本がブラジルに敗れた。佐野海舟のゴールで先制した。鉄壁の守りで王国を苦しめた。最少の1点差、しかも後半アディショナルタイムの失点。1-2のスコアは「惜敗」と言っていい。それでも、試合後正直に頭にあったのは「完敗」。ブラジルは強かった。

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 見たことのないブラジルだった。前半攻めあぐねた上に先制を許すと、後半はガラリと変わった。FWエンドリッキをトップにおいてエースFWヴィニシウスを左に張らせ、攻撃に幅をもたせた。日本の守備がサイドに引っ張られたところで、薄くなった中央に向けて早いクロスを次々と上げた。

 巧みなドリブルとトリッキーで華麗なパス回し、圧倒的な個人技と豊富なアイデアで美しく勝つのがブラジルスタイルだった。反面、猛攻をしかけながら相手GKの好守にあい、シュートがポストやバーに嫌われ、じれて前に出たDFの裏を突かれて失点。負ける時は、いつもそんなパターンだった。

 ところが、この後半は違った。愚直に、シンプルに、クロスを上げ続けた。得意な地上戦ではなく空中戦に徹した。王国がプライドを捨て、現実的に日本ゴールに迫った。

 百戦錬磨のイタリア人指揮官、アンチェロッティ監督の凄みを感じた。欧州5大リーグのすべてで優勝し、欧州CLを5回制した世界屈指の名将。選手の個性を生かしながらも臨機応変な戦術で結果を残してきたからこそ、勝つためにブラジル流を捨てて現実的な策に出ることができた。

 もし、いつものようにブラジル人監督がブラジルサッカーを貫いて地上戦を続けていたら、日本は勝てたかもしれない。先制点が前半でなく、相手の猛攻をしのぎながら終盤まで0-0でいけたらチャンスはあったかもしれない。それでも、日本とブラジルの力の差は大きかったけれど。

 後半11分に追いつかれた日本は、同21分に得点力のある堂安律と中村敬斗に代えて守備が本職の菅原由勢と鈴木淳之介を投入する。サイドの守備を強化するのが目的だったが、同時に前への推進力は失われた。縦パスが上田綺世に出てもフォローがなく孤立するだけ。防戦一方になった。

 実力差を痛感して、ならば粘り強く守ってPK戦しかないとも思った。もちろん、カウンターからゴールの可能性がないわけではないけれど、その期待も薄い。どこまで日本の守備が持つのか。結果的にアディショナルタイムで失点したが、延長に突入しても時間の問題だったかもしれない。

 たらればを言えば、ベストメンバーではなかった。負傷の三笘薫、南野拓実、開幕直前に離脱した遠藤航、初戦で負傷した久保建英がいれば選手交代の幅は増えたし、カードの切り方も変わったはず。ただ、けが人はどのチームにもいる。森保監督はそれも想定して選手層を厚くしてきたが、足りなかった。フル回転した鎌田大地の負担は相当だったはずだ。

 成績だけを考えればベスト32止まり。同じ決勝トーナメント1回戦で敗れた前回大会はベスト16だから、ブラジルに勝っても並ぶだけだった。確かに、いきなりブラジルはハードだった。それでも結果は結果。「惜しかった」という記憶は残っても、記録に残るのは「ベスト32」だけだ。

 これでW杯の決勝トーナメントは5戦全敗(含2PK戦負け)。日本が成長したのは間違いないが、結果は今回もついてこなかった。日韓共催の2002年大会の時とは内容や期待度は違うが「よくやった」「次こそは」は24年間繰り返される。

 次の24年後は2050年、日本サッカー協会がW杯優勝を「約束」している年だ。決勝トーナメント1回戦の壁を突破し、まずはベスト8に入ること。第1回、第2回のウルグアイとイタリアを除けば、W杯優勝国はすべてベスト8以上を経験してから頂点に立っている。一気に優勝なら最高だが、まずは優勝目指して一段ずつでもステップアップするしかない。

 日本はレベルアップした。しかし、世界のレベルも上がっている。縮まったかもしれないが、差はまだある。選手たちもみな「個の力の差」を口にした。確かに欧州でプレーする選手は増えたが、5大リーグで優勝を争うようなチーム、欧州CLで上位に食い込むクラブで活躍する選手が増えないと厳しい。

 次は4年後。長いけれど、すぐに来る。さらに個の力を上げることは前提として、さらにできることはあるはず。ドキドキ、ワクワク、日本人の心を揺さぶり続けてくれた日本代表。感謝の気持ちが大きいからこそ、次こそはもっと興奮させ、感動させてほしい。

(荻島弘一/ Hirokazu Ogishima)



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荻島弘一

おぎしま・ひろかず/1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者として五輪競技を担当。サッカーは日本リーグ時代からJリーグ発足、日本代表などを取材する。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰。20年に同新聞社を退社。

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