日本代表が初告白「ミュージカルに出ていた」 舞台で培った強心臓…母の教育で異例の歩み

白垣うのはなでしこジャパンデビューを飾った
女子サッカーの未来を考える――。5年目を迎えたWEリーグと、FOOTBALL ZONEは共同企画「WE×ZONE ~わたしたちがサッカーを続ける理由~」で、日々奮闘する選手たちの半生に迫る。第4回はセレッソ大阪ヤンマーレディースの日本女子代表(なでしこジャパン)DF白垣うの。彗星の如く現れた20歳の新星はA代表の舞台でもその名を刻んだ。連載最終回は、スペイン遠征で痛感した世界との距離、そして海外挑戦への野望について。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・小杉舞/全4回の4回目)
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スペインで見た景色は忘れない。スペイン語の「1(uno)」がうのの名前の由来であることから縁のある地。なでしこジャパンとしての1歩目を踏んだのが昨年10月29日のノルウェー戦だった。スペインで行われた国際親善試合の2戦目で代表デビュー。追加招集という形で急遽なでしこジャパンの一員として臨んだ瞬間はサッカー人生において、何物にも代えがたい基準点となった。
「代表のレベル、世界のスピード。すべてが想像以上。判断の速さ、足元の技術、質。特に、同じサイドバックの清水梨紗さんの動きには、圧倒された。味方との距離感や、攻撃に上がる絶妙なタイミング。そばで見ていて『うまっ……』と思わず言ってしまったり。自分はまだまだ、この基準に達していないんだ、と」
知らされた現実を見て、沸き立つ探究心。だが、白垣はなでしこの先輩たちの動きを吸収するだけでなく、生み出す大切さを知っている。
「やっぱり次世代が出てこないといけない。世界と戦えるのが基準のなかで、チームですり合わせて勝利に向かわないといけない。私は私で清水さんや(北川)ひかるさんとはまた違う良さがある。ちょっと違うタイプになれると思うし、自分らしさを出して代表の新たな戦術になれたらと思っている」
ピッチ上ではフィジカルを生かした力強いプレーを見せ、凛とした表情で最終ラインを駆け上がる白垣。一方でピッチを離れれば、明るく天真爛漫なムードメーカー。らしい一面も持つ。
将来は「ヨーロッパのクラブに挑戦したい」
「実は小さい頃に舞台に立っていた。初めて言います(笑)。母が振付師なので、ミュージカルに出ていた。歌うのも大好き。バレエもやっていたので踊りの基礎はあって。あと姉と一緒に『漫才コンテスト』に出場したこともある。5歳くらいの時。大阪と東京の違いをネタにした本格的なしゃべくり漫才を披露した。私はツッコミ担当でした」
何事も経験は無駄にならない。幼少期の記憶が世界に羽ばたくためのヒントにもなり得る。
「母はやるなら全力でやってこいという教育だった。でも幼い頃のあの経験があるから、今どんな大舞台でも『やるしかない』と腹を括れるのかも」
大阪で生まれ、笑いと表現の文化に触れながら育った日々。培われた「魅せる力」と「土壇場での強さ」はプレースタイルにもつながる。現在も心が落ち着く実家暮らしを続ける白垣。家に帰れば、理解者の母がいる。だが、その居心地の良い環境に甘んじているつもりはない。20歳という若さで日の丸を背負った白垣の視線は、既にその先を見据えている。
「将来的には、ヨーロッパのクラブに挑戦したいと思っている。強い、速い、上手い選手がひしめく環境で、毎日揉まれたい。経験を積んでチャレンジしたいと思っている。どこに行っても存在感を出せる選手になりたい。自分が成長できるチームで世界と戦っていきたい思いはあります」
かつてなでしこジャパンがW杯で世界を制した2011年。まだ5歳だった少女がテレビに釘付けになったあの日から「1番への旅」は始まった。名前の通り、何事も1から積み上げ、頂点を目指す。
「セレッソで育ったので、セレッソを背負って代表へ行く。エンブレムには誇りがある。でも自分も先輩たちの背中を追ったように、次は私が可能性を示したい」
日本から世界へと羽ばたくその日まで。白垣うの、その名前が世界で「1番」として轟く日を待ちたい。
(FOOTBALL ZONE編集部)





















