“世界王者”の栄光も…名門が抱える「成功の代償」 新シーズンに襲いかかる過酷な現実

クラブW杯優勝で世界王者となったチェルシー【写真:ロイター】
クラブW杯優勝で世界王者となったチェルシー【写真:ロイター】

PSGに完勝しクラブワールドカップ王者に輝いたチェルシー

“WORLD CHAMPIONS”――かつての主砲ディディエ・ドログバは、自身のX(旧ツイッター)公式アカウントからの一言で、古巣チェルシーのクラブワールドカップ(CWC)優勝を祝福した。

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 7月13日、エンツォ・マレスカ体制1シーズン目のチェルシーは、米国ニュージャージー州での決勝で、下馬評に反してパリ・サンジェルマン(PSG)に完勝(3-0)。新フォーマットが採用された2025年大会で、栄えある32チーム制CWC初代王者となった。

 賛否両論のある大会ではあった。しかし、優勝チームの収穫は議論の余地がない。話題として先行した賞金が、その1つ。クラブが計7試合で稼いだ額は、約9700万ポンド(193億円弱)とも言われる。移籍早々のCWC出場となった、リアム・デラップとジョアン・ペドロの両FWに要した、計9000万ポンドの獲得費用が完全にカバーされた格好だ。

 チームとして得たものも大きい。対外的なタイトルとしての重みはさておき、平均年齢22.7歳のスカッドで開幕を迎えた若い集団にとっては、間違いなく価値ある優勝経験。しかも、UEFAカンファレンスリーグに続き、1か月半ほどの期間に、2つの国際タイトルを勝ち取ったことになる。

 クラブ公式のSNS投稿に“Again”とあったとおり、CWC優勝は以前にも経験している。だが、7チーム制で準決勝からの参戦だった21年大会と比べれば、はるかにタフな優勝実現だ。最後には、5月末のチャンピオンズリーグ決勝における5点差勝利も記憶に新しい、PSGを倒してもいる。

 その一戦を、筆者は、チェルシーファンの友人宅でテレビ観戦していた。試合前、英国人ライターの彼は、2-0でPSGの勝利を予想。この日本人ライターも、PSGの3-1というチェルシー敗戦予想だった。

 ところが、いざ試合が始まってみると、前からのプレッシングといい、右アウトサイドへの素早い展開といい、チェルシー勝利を期待させる立ち上がり。実際、前半22分に先制点をアシストした、右SBマロ・ギュストが相手ボックス左角で見せたフットワークから、後半40分に相手MFジョアン・ネベスに引っ張られて退場処分を誘発した、左SBマルク・ククレジャのカーリーヘアーまで、全てが「してやったり」の勝利となった。

 会場のメットライフ・スタジアムでは、試合前、イングランド人ポップスターのロビー・ウィリアムスがピッチ上の特設ステージに立った。試合後には、アメリカ合衆国大統領が、ピッチ上でトロフィーを掲げる優勝チームに混じっていた。だが、決勝戦の主役は、チェルシーのサッカー。そして、2ゴール1アシストを記録したコール・パルマーだった。

決勝で圧巻の活躍を見せたコール・パルマー【写真:ロイター】
決勝で圧巻の活躍を見せたコール・パルマー【写真:ロイター】

冴えわたったマレスカ采配と新戦力の融合

 パルマーのスペース察知能力は、ゴール枠内への流し込み先をも対象として圧巻だ。現チェルシー最大のキーマンが、「くそみそ言われてきたけど、僕らは然るべき方向へと進んでいる」と言って反骨心を見せ、「特別で大事な何かが形になりつつある」と感じるようになった優勝が、チームの精神面にプラスの影響を与えていないはずがない。

 同じくパルマーが、「最高のプランを立ててくれた」と援護射撃を忘れなかったマレスカにも、アメリカでの1か月間で追い風が吹いた。昨夏に就任した新監督は、ビッグクラブでの適性をメディアで疑われただけではなく、チェルシーファンからも疑問や不満の声を浴びてきた。ボール支配で試合をコントロールするための「つなぎ」が、攻めあぐみや減速の原因と見られたためだ。

 しかしながら、最も肝心な選手たちは、暦のうえでは就任2年目に入った今大会でも、監督と心を一つにしていると見受けられた。なかには、フラメンゴに敗れた(1-3)、グループD第2節での4-2-2-2システムや、延長戦に持ち込まれた16強ベンフィカ戦(4-1)でのパルマー左ウイング起用など、試行が成功しなかった策もある。だが決勝PSG戦では、マレスカ采配が的中した。

 チェルシーは、守備面で集中力を欠くこともある相手左SB、ヌーノ・メンデス背後のスペースに侵入経路を絞った。後方からは、異例のロングボール速射。落下地点では、高い位置を取っていたギュストが受け手となり、右サイドには、普段のトップ下をエンソ・フェルナンデスに任せたパルマーも頻出した。

 前半43分、パルマーが持ち上がって通したスルーパスは、セーブを試みるジャンルイジ・ドンナルンマの頭越しに浮かせた、J・ペドロのフィニッシュと同様に見事だった。両者は、同8分の時点から、チームメイトとしての3戦目とは思えない呼吸の良さ。逆にJ・ペドロが、ヒールキックでシュートチャンスを演出している。互いの明晰なサッカー頭脳のなせる業だろう。

 チェルシーの最前線には、その前ブライトンFWのほかに、イプスウィッチからデラップも加入している。より古風な9番タイプを思わせる22歳だが、後半にデビューを果たしたロサンゼルスFC戦(2-0)で、投入直後のアクションがプレッシングであったように、今風のストライカーらしくハードワークを心得てもいる。

 このように、不足が指摘され続けたニコラス・ジャクソン以外のCF役もお披露目されたチームは、移籍したばかりのJ・ペドロを除くPSG戦スタメン10人を例にとれば、シーズンを通して負傷欠場が多かったリース・ジェームズと、シーズン後半に期限付き移籍先のクリスタル・パレスから呼び戻されたトレボ・チャロバーを含めても、CWC終了時点で各自が平均44.7試合分の実戦経験を今季のチェルシーで積んだことになる。

CWC優勝で遅れるプレシーズンの開始

 もっとも、これは、来季を前にプレミアリーグでの「トップ4再現」を超える期待が膨らむ理由であると同時に、不安が膨らむ理由でもある。同じ7月13日、イングランドではプレミア王者のリバプールが、プレシーズン初戦でプレストン・ノースエンドに順当勝ち。その約5時間後にようやく、チェルシーは2024-25シーズンを終えたのだ。

 昨夏のプレシーズン開始からは、丸1年の超長丁場となった“今季”。CWC優勝監督が、「(来季開幕が)楽しみだが、3週間のオフはもっと楽しみだ」と、冗談交じりに語ったのも無理はない。

 そのため、西ロンドンでの凱旋パレードはなし。CWCという大会が現時点で持つ、母国内でのステータスによる部分はあるにしても、さらなる拘束が選手たちの不満を招く事態を避けるための判断に違いない。

 遅ればせながらのプレシーズン開始は、8月4日の予定。同17日、ホームで開幕節クリスタル・パレス戦を迎えるチェルシーにとって、準備期間は2週間足らずだ。調整試合は、レバークーゼン戦とACミラン戦のみだが、チームには、移籍前にボルシア・ドルトムントの一員として出場していたことから、チェルシーでのCWC参戦が叶わなかった新ウインガー、ジェイミー・バイノー=ギッテンスのような新戦力もいる。

 もちろん、今夏の補強が続きもする。個人的には、少なくともGKに真のトップクラスが必要と思われる。現ナンバー1のロベルト・サンチェスは、今季のゴールマウスでミスが目立った。その“今季”には、CWCでの試合も含まれる。決勝で3度のビッグセーブを披露したように、シュートへの反応は優れている。キック力も十分。しかし、フィード失敗にもつながる状況判断の問題が、試合を重ねることで解消方向にあるとは言い難い。

 最終的な新戦力の数やポジションにかかわらず、プレミア4位でのCL出場権獲得と国際タイトル2冠という今季フィナーレのあとには、疲労が抜けず、調整も不十分という来季スタートが待ち受けていると危惧される。「PSGに勝ったチェルシー」には、守りを固める相手も増えるはず。相手ゴール前にスペースがあったCWC決勝とは違い、敵のローブロックがある場合が多いだろう。

 となると、指揮官が「良し」とする“遅攻”に、ファンは再び苛立ち始めるのではないか? ムードが悪化し始めるなか、10月後半から、昇格組のサンダーランドとバーンリー、昨季16位のウォルバーハンプトン、市内ライバルであり、結果重視の戦い方もするトーマス・フランク新体制下のトッテナムとも対戦する1か月ほどの間に、取りこぼしが増えたとしたら? 1年前と同様、巷で「マレスカはクリスマスまで持たない」と囁かれても不思議はない。

 チェルシーの2024-25シーズンは、「成功」と評価して差し支えない。ただし、締め括りとなったCWCでの優勝は、来季に負の遺産をももたらしかねない。「世界王者」の2025-26シーズンに確認されるのは、強豪復活への加速か、はたまた、2022年9月以来5度目となる監督交代への接近か?

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)



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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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