J優勝にも劣らない実績…51歳監督の英ビッグクラブ初挑戦 注目の抜擢と11年ぶりの期待感

トッテナム新指揮官に就任したトーマス・フランク監督【写真:ロイター】
トッテナム新指揮官に就任したトーマス・フランク監督【写真:ロイター】

トッテナム新監督となったトーマス・フランク

「彼みたいなタイプが、もっと増えてくれたらいい」と、西ロンドンに住む筆者の隣人は言う。「彼」とは、6月12日にトッテナムの新監督となった、トーマス・フランクのこと。51歳のデンマーク人指揮官は、ブレントフォードを率いて7シーズン目を終えた今夏に、北ロンドンでのキャリアアップを決意した。

【PR】DAZNを半額で視聴可能な学生向け「ABEMA de DAZN 学割プラン」が新登場!

 残された西の地元ファンに、わだかまりはない様子だ。ブレントフォード・ファンの隣人も例外ではない。70歳の彼は、生涯一筋のベテラン・サポーター。2020年に新設された、Gテック・コミュニティ・スタジアムにシーズンチケットも持っている。今回の引き抜きに際して意見を尋ねてみると、もともとは16年に補佐役としてやって来た前監督の前途を祝し、こう言っていた。

「言動から、人柄の良さや思慮深さが伝わってくる監督だ。トーマスの下で、チームが成長する様子を目の当たりにできた7年間は、サポーター冥利に尽きる。トッテナムでの成功を願うよ」

 個人的にも同感だ。フランク体制下のブレントフォードは、中立的な立場の者にも、ムードの良さが伝わってきた。その「円満」ぶりは、昨夏まで9年間続いた、ユルゲン・クロップ前体制下のリバプールと比べても遜色はない。クラブの経営陣からチームの「12人目」までを貫く、確かな絆が見えるような気がした。

 リバプールでのクロップは、拳を繰り返し突き上げてファンと勝利を祝い合っていたが、さすがにリバプールほどは勝てないブレントフォードでも、お礼の拍手でファンを労うフランクの場内一周が、勝敗とは無関係に試合後の定番となっていた。収容人数1万7250人と、こぢんまりとしたホームだけに、顔見知りと言えるスタンドの常連を目にすれば、まるで自分の家族や友人を見つけたかのように手を振っていた。

 思い返せば、助監督から内部昇格した2018-19シーズン、記者数人で満席状態という旧スタジアムの小さな会見スペースで、チームを率いるうえで最も大切なものは「ピープル」だと話していたのが、フランクという監督だった。ホームゲームの観戦プログラムでも、監督コラムにはファンへの感謝がいつも記されていた。

 アウェーでの西ロンドンダービーで、1939年以来となるチェルシー戦勝利を記録したのは、2021-22シーズンのプレミアリーグ第31節。75年ぶりのトップリーグ復帰1年目に、スコアも4-1という快勝を収めたあとの会見でも、「ブレントフォードの一員であることを本当に誇りに思う」と、真っ先に述べていた。

 それから2年後の昨夏、チェルシーがエンツォ・マレスカを新監督に迎えた際には、フランクのほうが良いのではないかと思えた。好人物に思えるからというだけではない。間違いなく“良監督”でもあるからだった。であればこそ、同じ昨夏には、リバプール新監督の初期候補に含められ、今夏にはトッテナムから就任を請われている。

ファン・デ・フェンとロメロを中心としたDF陣の改善が急務【写真:Getty Images】
ファン・デ・フェンとロメロを中心としたDF陣の改善が急務【写真:Getty Images】

上位争い返り咲きに必要な守備の立て直し

 巷でリスクと指摘されているように、主要タイトルを手にしたことはなく、トッテナムが復帰を決めたチャンピオンズリーグ(CL)で指揮を執った経験もない。いわゆるビッグクラブでの就任自体が初めてだ。

 だがフランクは、移籍収入を補強予算の足しにしながら競争力を維持する規模のクラブで、プレミア定着の足場を築いてきた。昇格後の4シーズンで、残留争いに巻き込まれたと言えるのは昨季のみ。当時の主砲イバン・トニーが、イングランドFA(協会)から8か月間の出場停止処分を受けていたシーズンだった。

 そのトニーがサウジアラビアのアル・アハリへと去った2024-25シーズン、ブレントフォードは、最終月まで欧州初参戦への望みをつなぎながら、4年間で2度目のトップ10フィニッシュを果たしている。こうしたプレミア実績は、前監督のアンジェ・ポステコグルーが、2年前の就任時点で履歴書に記載することのできた、日本やスコットランドでの優勝歴にも劣りはしない。

 そしてフランクは、ステップアップに挑む資格が十分なら、成功を収める可能性も十分なチャレンジャーだ。

 前任者は、ヨーロッパリーグ優勝による17年ぶりのタイトルをトッテナムにもたらしていながら、降格圏一歩手前の17位に終わったプレミアでの低迷が、ダニエル・レビー会長に大鉈を振るわせた。つまり、新任地での最大のノルマは、プレミアでのトップ4争い常連復帰。となれば、守備の立て直しが必須だ。

 今季のトッテナムは、20チーム中8番手の64得点を奪っておきながら、ワースト5に入る65失点が、22敗という失態を招いた。この不安定の原因を取り除かない限り、上位争いに返り咲くことなどあり得ない。

 フランクのブレントフォードはというと、2つ上の8位につけたブライトンと、得点数は「66」で並ぶ一方、失点数を2点少ない「57」に抑えていた。リーグ戦38試合を、3点差以上の大敗なしで終えたチームは、ほかにトップ2のリバプールとアーセナルのみだった。

 同様の守備力をベースとしたい新監督にとっての幸いは、トッテナムのディフェンスライン中央に、怪我さえなければプレミア級と呼べる、ミッキー・ファン・デ・フェンとクリスティアン・ロメロのCBコンビがいることだろう。後者はスペイン行きを望んでいる節もあるが、流出を避けられない場合には高額の移籍金が見込める。加えて、CL出場権を持つロンドンのビッグクラブというセールスポイントと、同大会出場で計算できる収益増を考えれば、代役にふさわしい新CBは見つかるはずだ。

「戦術的な柔軟性は大切だと信じている」

 表現上は矛盾するようだが、安定性の向上には柔軟性が欠かせない。ポステコグルー体制下では、ラインを高く押し上げて攻め続けるスタイルへのこだわりが、仇となるケースが少なくなかった。例えば、1年半ほど前にトッテナム・ホットスパー・スタジアムで目撃した、退場者2名を出して9人になっていながらのハイライン。サッカーの哲学的には、美しくもあり、勇敢でもあったが、試合の結果的には、無謀な策による4失点大敗と見られても仕方がなかった。

 その点、フランクは「戦術的な柔軟性は大切だと信じている」と言って胸を張るタイプの指揮官だ。昇格2年目の発言だが、その前年にプレミア監督の仲間入りを果たした際、「ただただ指導者になりたい一心だった」と謙虚に語っていた当人には、インテンシティの高い、見応えのある攻撃的なサッカーという理想もある。

 初めて、フランク率いるブレントフォードの試合を訪れたのは、監督となって3か月足らずだった2019年元日の2部リーグ戦。ホームに迎えた相手は、ポゼッション志向で知られるダニエル・ファルケ(現リーズ監督)時代のノリッジ。相手GKセーブもあって引き分け(1-1)に終わったが、フランク軍は、プレッシングを効かせながら、後半にはファルケ軍にロングボールを強いていた。

 ところが、格上との対戦が増えた昇格後は、現実的かつ効果的なチームとして渡り合うようにもなった。前述のチェルシー戦も然り。基本の4バックから5バック気味の3バックにシステムを変え、ただし、受け身ではなく能動的に守りながらのカウンターで、完璧に近い勝利(4-1)が実現された。

 作戦どおりのチームパフォーマンスからは、ファンだけではなく、最も肝心な選手たちの心をも掴んでは能力を引き出す、優れたマン・マネージャーとしての手腕も窺えた。

 最新の例が、MFミッケル・ダムズゴーアだろう。今季のブレントフォードでは、合わせて39ゴール11アシストを記録した、右ウインガーのブライアン・ムベウモと、CFのヨアン・ウィサが脚光を浴びた。だが、最大のキーマンを挙げればダムズゴーアになる。

 移籍3年目だった24歳は、怪我に泣いた過去2年間も見捨てなかったフランクが、4-3-3から4-2-3-1への基本システム変更でトップ下起用が増えた今季、ついに本領を発揮した。アシストのアシストを含めれば、得点関与はリーグ4位タイの10アシストを軽く超えるチャンスメイカーであり、プレミア屈指のプレッサーでもあるダムズゴーアの存在感は絶大だった。ムベウモとともに、古巣からの引き抜きが噂されるのも不思議はない。

 もっともトッテナムには、19歳のMFルーカス・ベリバルがファン投票で今季のチーム年間最優秀選手に選ばれているように、若い主力も多い。彼らが、個としても集団としても、持てる力を最大限に発揮させることを基本ポリシーとする新監督の下で遂げる、成長と変化も非常に楽しみだ。

 トッテナムでは、過去10年の間に、ジョゼ・モウリーニョやアントニオ・コンテのような大物も監督の座に就いてきた。しかし、今回ほど期待を抱かせる新監督の抜擢は11年ぶり。プレミアとCLの双方で優勝に迫った、マウリシオ・ポチェッティーノ(現アメリカ代表監督)が、前シーズンをプレミア8位で終えたサウサンプトンから引き抜かれて以来だ。フランクにも、ステップアップ成功を祈る。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)



page 1/1

山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング