高卒→直渡欧の20歳、トップ昇格“成功”の分岐点は? 内田篤人が解説「僕のイメージでかなり違う」

ボルシアMGの福田師王【写真:岩本太成】
ボルシアMGの福田師王【写真:岩本太成】

「内田篤人のFOOTBALL TIME」に福田師王が出演

 元日本代表DF内田篤人氏が番組MCを務めるスポーツチャンネル「DAZN」の「内田篤人のFOOTBALL TIME」にドイツ1部ボルシアMGに所属するFW福田師王が出演し、ブンデスリーガデビューまでの背景について明かした。

 福田は神村学園を卒業後、Jリーグクラブを経由することなく渡欧した。2023-24シーズンには早くもブンデスリーガで初出場を果たし、将来が嘱望されている。内田氏に「師王っていう名前は珍しい」と、その由来を問われた福田は、「お母さんが決めてくれた」と言い「人を導くことのできる、その道で最も優れた人になる」という願いが込められているとスラスラと説明した。

 現在、欧州でプロサッカー選手として活躍する福田だが、子供の頃はサッカー選手になることだけでなく、「ポケモンのトレーナーになる」という夢があったと明かした。そんな可愛らしい夢を持っていた福田だが、憧れたサッカー選手は元スウェーデン代表FWズラタン・イブラヒモビッチで、その理由としては「悪童な感じ」が好きだったという。

 神村学園時代、高校年代ナンバーワンストライカーと称された福田だが、サッカーを始めた頃はサイドバックやセンターバックなど、守備的なポジションでプレーし、FWになったのは「中学3年生の時」。内田氏は「プロのスカウトが初めて来たのは何年生くらい?」と聞くと、「中学3年生」と言い、内田氏にオファーをしてきたクラブを聞かれると「ヴィッセル神戸」と答えた。

 これを聞いた内田氏は「早え、すげえ」と感嘆し、「俺は高2の時だった。上にある視聴覚室から先生がグラウンドを見ていて『ウッチー』って声を掛けられた。『はい!』って走って行ったら『新潟から話が来ているよ』と言われた。俺はユースからオファーが来たのだと思って『僕、このままでいいんですけど』と言ったら『トップチームからだ』と言われた」と、清水東高の2年時にアルビレックス新潟からオファーを受けていたことを明かした。

 自身の秘話を披露した内田氏は「卒業くらいまでにオファーは何チームくらい来ていたの?」と聞くと、福田は「10チーム」と言い、ボルシアMGからオファーが届いた時期についても「高校3年生の夏」と答えた。そしてJクラブを経由せずに欧州へ渡った理由については「Jリーグでは出られないなと感じて。海外だとセカンドチームからも育成してくれると言われたので」と、自身が成長できる下部組織の環境が整っている場所を選んだと説明した。

 渡欧した福田はボルシアMGのU-19チームからトップチームに昇格したが、U-19チームとトップチームの間には、もう1つU-23チームがあるという。かつてシャルケでも活躍した内田氏は、U-19チームに入ったことがポイントだと解説する。

「U-19に入るか、U-23に入るかで結構違うんです。僕もシャルケの時に見ましたが、トップチームに来る選手はU-19から上がってくる。というのは、23歳というのは選手としては若手ではない。U-23に行くと、なかなかトップに上がれない。だからU-19に入るのと、U-23に入るのとでは、かなり違う。僕のイメージでは。そこで(福田が)U-19に入ったのは、今のトップチーム(昇格)につながった」と、熱弁した。

 番組収録中は緊張した様子の福田だったが、U-19チームからトップチームに昇格した際は「全然(緊張)しなかった」と言い、「この番組よりドキドキするべきだよ」と指摘していた内田氏は「すげーな。ドーンとしているなぁ」と、高校卒業から1年でブンデスリーガデビューを飾った20歳に驚愕していた。

(FOOTBALL ZONE編集部)



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