なぜ名門は選ばれない? 新監督探しが難航するバイエルン、「今でも後悔している」別れも【現地発コラム】
CL準決勝進出のバイエルン、トゥヘル監督退任を受けて最重要課題は新監督探し
今季リーグとカップ戦で優勝を逃したバイエルン・ミュンヘンが、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)で準決勝に進出した。アーセナルとの準々決勝では、第1戦で2-2と引き分け、第2戦でヨシュア・キミッヒのゴールを守り切って1-0と勝利した。
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バイエルンのトーマス・トゥヘル監督は「今日はファンタスティックなチームパフォーマンスを見せてくれた。みんな満足しているし、もちろん私だってそうだ。強豪相手に順当な勝利を手にすることができた」と、その勝利を喜んだ。
勝利した要因については「チェスマッチのように互いに駆け引きをしていた。特に前半はどのコマも取らせるつもりはないという流れで、ずれを作る最初の動きを仕掛けにくい試合だった。ハーフタイムには『後半はもっとリスクを懸けたプレーをしていこう』と話した。ショートパス交換や分かり切ったパスをするだけではなくチャレンジをしようと。それが上手くいった」と分析している。
強豪同士の対戦となるCLでは、トゥヘルの戦術眼は大きな武器になる。相手の長所をつぶすための算段を整え、自分たちが有利に試合を運ぶ可能性を高めるための手段を準備する手腕は目を見張るものがある。
ただそうした細かい采配がリーグではどうにも発揮しづらい。バイエルンはドイツ王者。相手に合わせるのではなく、どんな試合でも圧倒的に押しこんでいかなければファンも首脳陣も満足しない。チーム事情や選手構成とは関係ないところで、評価軸が決まってしまう難しさがそこにある。結果としてトゥヘルは今季限りでクラブを去ることが確定している。
CLではタイトルのチャンスを残しているものの、リーグとカップを落とし、シーズンを通してもめ事が起こっているだけに、来季は本気で巻き返しをかけたいところ。だが、そのための最重要課題である新監督探しが難航している。
公式戦45試合無敗記録更新中の新王者レバークーゼンのシャビ・アロンソ監督はバイエルンではなく、レバークーゼン残留を選んだ。「まだこのクラブでやり残したことがある。まだこのクラブでの物語は終わっていない」と、その理由を説明している。
ユリアン・ナーゲルスマンはバイエルンではなく、ドイツ代表監督としての契約延長を選んだ。バイエルンSDマックス・エッベルは「監督探しはいろんな監督と話をするところから始まる。ユリアンともコンタクトを取って話した。まだとげが刺さっている状態だというのを感じた」と明かしている。
「それがバイエルンなのだ」…名門クラブが原点を見つめ直す時期か
なぜシャビ・アロンソやナーゲルスマンはバイエルンを選ばなかったのか。ナーゲルスマンは以前、「ペップ・グアルディオラやユルゲン・クロップは名将として高く評価された監督だが、彼らはそれぞれマンチェスターシティ、そしてリバープールで長期プロジェクトとして時間を与えられていた」と指摘していたことがある。
チーム作りをわずか1シーズンで完璧に行うことは難しい。少しずつ戦力を調整し、確固たる中軸を見つけ、自分たちのプレーを成熟させ、そしてチームの質を深めていく。
だが、バイエルンではそれだけの時間がなかなか与えられない。ナーゲルスマンはバイエルン時代にミスも犯した。メディアとの関係性が、首脳陣の思い描くそれとは違うといういざこざもあった。それならば、それを糧に次シーズンへとつなげていけばいい。「トップに君臨する存在でなければならない」というプライドが、冷静な分析を妨げるのであれば、いつまでたっても変わることはできない。
ドイツ語で「人は人生で2度出会う」という言葉がある。いろんな出会いと別れがある。いろんな理由や原因がある。別れたとしても、長い人生の巡り合わせの中で、いつか、どこかで、いろんな形で再会をすることがあるから、別れ方は大事だよという意味だ。
そういった意味でナーゲルスマンとバイエルンの別れ方は、決していいものではない。当時CEOを務めていた元ドイツ代表キャプテンのオリバー・カーンが「ユリアンとの別れ方を今でも後悔している」と後日コメントを出すほどに良くなかった。
バイエルンは今一度、自分たちの原点を見つめ直す時期なのかもしれない。それこそベッケンバウアーの時代からクラブが大事にしてきたアイデンティティーをもう一度再確認する時期にきているのではないだろうか。
ウリ・ヘーネスがこんなふうに話していたことがある。
「フランツの持つ『勝者のメンタリティー』こそが、今のバイエルンにある『ミア・サン・ミア』の主柱だ。フランツはこのクラブに揺るぎない自意識をもたらした。どんな時でも自分を信じ、心強くあり続け、同時に謙虚に地に足をつけ、勝利を求め続け、そして忠実にあり続ける。それがフランツであり、それがバイエルンなのだ」
まさに今の、これからのバイエルンに必要な要素ではないだろうか。立て直しに向けてボルシアMGなどで長年名SDとして活躍していたエッベルSDに懸かる期待は大きい。
SDとしての経験豊富なエッベルが「大事なのは一歩一歩進んでいくことだよ。バイエルンはずっと勝ち続けているクラブだから難しいかもしれないが、一気にすべてが解決するなんてことはない。1つ1つの成功をポジティブに捉えて、それを積み重ねていく」と諭すように話していたのがとても印象深い。
どんな試合でも本気で貪欲に戦うバイエルンの怖さを取り戻せるかどうかが、これからのバイエルンの未来を左右する。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。