伊東純也ら有望株輩出の“甲府モデル” ACL効果で好発進…先駆的な成功に求められる宿題とは?【コラム】

J2リーグ開幕戦で5-1大勝【写真:Getty Images】
J2リーグ開幕戦で5-1大勝【写真:Getty Images】

ACLの濃密な8試合でチーム力を引き上げた甲府、J2リーグ開幕戦で5-1大勝

 案の定J2でヴァンフォーレ甲府が爆発的なスタートを切った。開幕戦で徳島ヴォルティスのホームに乗り込み5-1で大勝したのだ。

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 案の定というのは、甲府には紛れもなくACL(AFCチャンピオンズリーグ)効果が見て取れたからだ。もちろん甲府の各選手たちが、それだけの潜在能力を秘めていたのも確かだが、アジアの頂点を目指す大会での濃密な8試合は確実にチーム力を引き上げた。とりわけそれを証明したのが、2度のアジア制覇の歴史を持ち、Kリーグも連覇中の強豪・蔚山現代とのホームゲームだった。

 残念ながら甲府はラウンド16の初戦で蔚山に0-3で敗れ、ほぼ準々決勝進出の望みを断たれていた。蔚山は旧来の韓国チームのイメージからは脱皮し、自陣で追い込まれても確信を持ってショートパスをつなぎ打開する能力にも長けた洗練されたチームだ。この状況を確実に引っ繰り返せるチームを探すのは、欧州を見渡しても簡単ではない。せっかくグループステージを首位通過した甲府だが、ノックアウトステージのくじ運は最悪だった。ただし見方を変えれば、アジアの頂点に近いチームとの対戦は得難い経験でもあった。

 国立競技場での第2戦に臨んだ蔚山のテーマは、リスクを避けて確実に次のラウンドに進むことだった。当然勝つしかない甲府は前がかりに出てくるわけだが、受け止めてマイボールにすると慌ててカウンターを仕掛けることもなく、むしろ落ち着いて支配し時間を進めていく。開始早々に先制したこともあり、その傾向は強まっていた。

 しかしそれを差し引いても甲府は勇敢に仕掛けチャンスを連ねた。実に25本のシュート放ち、枠内にも17本も飛ばしている。蔚山の選手たちも局面では必死な対応を見せており、それは最も避けたかった3枚のイエローカードにも表れていた。甲府は少なくとも5度は決定機を築き、そのうち4度は最も経験豊かなピーター・ウタカに回ってきたわけだが、ACLで決定力不足に映るシーンはJ2なら有効な攻撃力に転換されるはずだった。

毎年のように有望選手が流出、「育てられるクラブが伸びていく」の成功例となるか

 甲府はJ2では東京Vと並び、多くの有望選手たちに飛躍の土台を提供してきた。東京Vの基盤が育成力なら、甲府は森淳スカウトの眼力だった。主に大卒選手をターゲットする甲府は、大学リーグから半歩進んだJ2での実戦経験を積ませることで、伊東純也、稲垣祥らのちに日の丸を付けるような選手を送り出してきた。

 ところがこの眼力の確かさは仇になる部分もあり、毎年のように甲府の選手たちは引き抜きの対象となる。実際ACLのグループステージを終えた時点でも、長谷川元希(→アルビレックス新潟)、三浦颯太(→川崎フロンターレ)、井上詩音(→名古屋グランパス)ら極めて重要な選手たちが移籍していき、本来なら大幅な戦力ダウンが明白だった。

 しかし結果的に甲府には、J2ながらACLに参戦という異例の過密日程が味方をした側面もある。篠田監督が必然的に少なからずターンオーバーを意識したことで、多くの選手たちが強度の高い試合経験を重ね、それが蔚山とのホームゲームでの善戦を導き底上げにもつながった。

 甲府と同じく水曜日にACLを戦った横浜F・マリノスのほうは、中3日で迎えた開幕の東京ヴェルディ戦で「内容的にはまったく満足できない」(ハリー・キューエル監督)ほど苦しんだが、対照的に甲府はACLでの厳しい戦いで身に付いた心身両面の上乗せを表現した。

 アジアの強豪クラブと8試合の真剣勝負という貴重な栄養を補給した甲府は、J2の前半戦を牽引する可能性が高い。一方でその先にクラブには、東京Vと同じく大切な宿題がある。有望な選手を次々に輩出していくなら、それに即して潤う戦略が要る。育てられるクラブが伸びていく。そんな先駆的な成功例を、典型的な輸出国の日本でしっかりと示してほしい。

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加部 究

かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

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