J2最終節で起きた「1つのドラマ」 サブに甘んじた磐田DF、古巣戦で巡って来た“歓喜の瞬間”【コラム】

磐田でプレーするU-22日本代表の鈴木海音【写真:Getty Images】
磐田でプレーするU-22日本代表の鈴木海音【写真:Getty Images】

DF鈴木海音が古巣・栃木との最終節でスタメンに抜擢、歓喜の瞬間を迎える

 ジュビロ磐田はJ2の最終節で栃木SCを2-1で下し、他会場の結果によって逆転でJ1昇格を決めた。その試合で1つのドラマがあった。昨シーズンは栃木に期限付き移籍していたDF鈴木海音が、センターバックでスタメン起用されたのだ。

 1つ前の水戸ホーリーホック戦で、過去11試合続けてフル出場していたDF伊藤槙人がシーズン4枚目の警告を受けて、最終節で出場停止に。鈴木にとっては12試合ぶりの出番が、古巣相手の試合で巡ってきたのだ。

「去年いたチームでもあるし、仲の良い選手も多くて、サポーターの方もすごい応援してくれていた思いがあるので。行くだけじゃなくて、ピッチに立って活躍する姿を見せたい……そうですね。いい準備をして、チャンスが来たら。やり続ければチャンスが転がってくると思う」

 2週前に行われた藤枝MYFCとの練習試合で、キャプテンマークを任された鈴木に、栃木への思いを聞いた時の回答だが、実力で勝ち取ったと言うより運で回ってきたチャンスでもあった。試合は相手のアーリークロスからボックス内でFW大島康樹に受けられて、先制ゴールを許してしまったが、その後は粘り強く守りながらMFドゥドゥとMF松本昌也のゴールによる逆転、そして残りの時間を凌ぎ切っての勝利を支えた。

「すべての試合終わって、昇格という最高の形で終われた」という鈴木は「前回昇格した時はピッチに立てなかったので。今回は試合に出て、(伊藤の)累積というのは別にしても、昇格の試合でピッチに立てたことは大きいかなと思います」と語る。

 もちろん現状には満足していない。静岡で行われたU-22日本代表の合宿に招集された鈴木は大岩剛監督やチームメイトから祝福を受けた。「みんな声かけてくれましたし、友だちとかもすごい連絡くれた」と嬉しそうに語るが、その一方でシーズンを通して試合に出続けられなかった悔しさと、このままではJ1のステージに上がっても、来年4月のパリ五輪予選を兼ねたU-23アジアカップ、さらにパリ五輪の本番でピッチに立つことはできないという危機感がある。

「試合に出続けることで成長できると思うし、最後に出られたから良かっただけじゃなくて、自分の課題をもっと突き詰めて、来年に向かっていきたいと思います」

 11月18日に行われたアルゼンチン戦で、U-22日本代表は強豪アルゼンチンに5-2で勝利したが、スタメンに鈴木の名前はなかった。「注目度も高かった試合で、出られなかったのは実力」と語る鈴木にとって、この試合でスタメン起用されたDF西尾隆矢(セレッソ大阪)やDF木村誠二(FC東京)という同世代のライバルはいるが、J1で戦う彼らも所属クラブでレギュラーを掴めているわけではない。

 そこはセンターバック出身の大岩監督も懸案事項として認めており、このままでは来年4月の予選でパリ五輪行きを勝ち取ったとしても、本大会ではオーバーエイジ枠をセンターバックに使われる可能性がかなり高い。だからこそ磐田がJ1にステージを上げるだけでなく、開幕戦からスタメンを勝ち取っていくことが、おそらくパリ五輪に生き残る最低条件になってくる。

「守備の部分だとヘディングをはじめ、力強さはもっと身につけないといけないし、ビルドアップは縦の意識をもっと高めていきたい」

「海音には辛口で」…横内監督がスタメン定着に向けた課題指摘

 そう課題を語る鈴木には心強い存在がいる。磐田を率いる横内昭展監督だ。就任1年でJ1復帰に導いた指揮官はカタール・ワールドカップ(W杯)まで代表コーチとして森保一監督を支えた。森保監督は2021年の夏まで東京五輪の監督を兼任していたが、本大会を前にした合宿で、鈴木はトレーニングパートナーとして参加していた。そうした縁もあり、横内監督としても鈴木をパリ五輪に送り出したいという強い思いがあるだろう。

 ただし、若い頃からMF三笘薫(ブライトン)やMF旗手怜央(セルティック)、DF中山雄太(ハダースフィールド・タウン)などを指導してきた横内監督も「若手にただポジションを与えるつもりはない」と語るとおり、トレーニングの指導に情熱はかけても、試合に使うか使わないかに年齢は関係ないというのが、Jリーグのクラブを預かる指揮官としてのモットーだ。「海音には辛口で」と笑う横内監督は鈴木の課題について、藤枝との練習試合での事例を挙げて説明してくれた。

「我々の左サイドからクロスされたボールに対して、ヘディングされたので。あれをされた海音が、自分のほうがいいポジションを取っていたのに、最終的には相手に入られて。ちょっと遅れるんですよ。そういうところが……もっともっと察知できて、いいポジション取れるようになれば」

 現状、伊藤が序列で上回っているのも「そういうところだと思います」と横内監督は認める。ビルドアップのセンスや前でボールを奪う守備は現時点でも、鈴木が上かも知れない。しかし、ディフェンスラインの中心として、チームに安心感を与えることができるかどうか。J1を戦う磐田にとってディフェンスラインも補強ポイントになり得る。

 シーズン後半戦はDFリカルド・グラッサと伊藤が主力を担ったが、言うまでもなく、彼らとてポジションが約束されていない。そうした状況で、鈴木がセンターバックで開幕スタメンを勝ち取るためには横内監督を唸らせるようなインパクトが求められる。しかも、守備的なポジションだけに、そこには安定感も伴う必要がある。

 最終節でJ1昇格を掴んだ磐田。試合に出ていた選手も、なかなか出られなかった選手も、いろいろな思いをかけながら昇格に向けて、心を1つにしてきたシーズンだった。しかし、若手もベテランも関係なく、短いオフを挟んで新たな競争が始まる。鈴木がポジションを勝ち取り、磐田の勝利を支え続けた先で、パリ五輪というステージに辿り着けるのか。磐田の挑戦を見ていくうえで、注目したいテーマの1つだ。

(河治良幸 / Yoshiyuki Kawaji)



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河治良幸

かわじ・よしゆき/東京都出身。「エル・ゴラッソ」創刊に携わり、日本代表を担当。著書は「サッカーの見方が180度変わる データ進化論」(ソル・メディア)など。NHK「ミラクルボディー」の「スペイン代表 世界最強の“天才脳”」を監修。タグマのウェブマガジン「サッカーの羅針盤」を運営。国内外で取材を続けながら、プレー分析を軸にサッカーの潮流を見守る。

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