J1昇格達成の町田は「アンチフットボール」だったのか データとスタイルから検証する“実像” 【コラム】
「アンチフットボール」で勝てたとしたら、まだサッカーがそのレベルということ
FC町田ゼルビアが悲願のJ1初昇格を決めた。その成績そのものは称賛されるべき結果であるが、一方で気になる部分もある。
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それは、シーズン途中にSNSで散見された「町田はアンチフットボール」という批判だ。もしそれが事実ならば、町田の昇格はあまりイメージが良くない出来事になる。
もっとも、勝負の世界なので「勝てば官軍」はまかり通る。ということは、「アンチフットボールでも勝てばそれでいい」というのも正しいということになる。故イビチャ・オシム氏は「もうロマンチシズムは存在しません」と語ったが、その言葉をそのまま当てはめることができるかもしれない。
それでも、人々が夢を見るのは日本の場合なら、「美しいパスワークで相手を翻弄しながら大量得点を挙げて勝つ」チームが優勝することだろう。ひたすら自分たちの理想だけを追求し、勝っても負けても「自分たちのサッカー」ができていれば、それでよしとするという考え方もあるだろう。
そうでなければ、勝ったとしても批判される場面はよく見る。「○○に依存している」「力だけでねじ伏せた」「バカ蹴りサッカー」など、これまでよく聞いてきた。しかし、仮にそんな人々が好まないサッカーでもワールドカップ(W杯)に優勝したら、それでもみんな批判するのだろうか。
「アンチフットボール」で勝つことができるとしたら、それはまだサッカーがそのレベルということ。鑑みるべきは「アンチフットボール」を打ち砕く方策がなかったことだ。
という、長い「アンチフットボールで勝つ」ということに関する考えを一旦脇に置いて、次に考察するべきは「町田はアンチフットボールだったのか」という点だ。
町田は守備的ではなく、反則的でもない
そもそも「アンチフットボール」とは何か。定義そのものがハッキリしないので整理してみる。プレーを「アンチフットボール」と呼んだ有名な台詞の1つに、故ヨハン・クライフ氏が2010年の南アフリカW杯決勝での母国オランダチームに対する感想がある。
スペイン代表アンドレス・イニエスタも犠牲になりかけた厳しすぎるタックルを浴びせる守備的なスタイルに、攻撃的なサッカーを指向してきた同国のスーパースターは「エル・ペリオディコ・デ・カタルーニャ」で苦言を呈した。欧州選手権(EURO)2008で優勝するなど絶好調だったスペインを相手にベルト・ファンマルウェイク監督は現実的な選択をしたが、現地でも確かに不評だった。
では、町田が暴力的で守備的だったか。39試合を終えた時点で町田の失点数は34とJ2リーグ3位。しかし同時に得点数は73とリーグ1位で、得失点差39はリーグ2位と、決して守備的ではなかった。
反則数はどうか。反則ポイントで計算すると、39試合で55ポイントは22チーム中11位と多いとは言えない。リーグは違うものの、J1では30試合を消化した時点で55ポイント以上なのが10チームあるのだ。
また「アンチフットボール」という言葉が、ボールを蹴っている時間以外、例えば執拗な抗議などを繰り返したり、痛くもないのに倒れて時間を使ったりして、アクチュアルプレーイングタイムを短くする行為に使われることもある。
残念ながらJリーグは試合のアディショナルタイムやアクチャルプレーイングタイムを記録として出していない。その長さを試合ごとに比較すれば、特定のチームが絡んだ時に追加する時間が長い、つまり試合が止まる回数が多いという傾向が出るかもしれないが、現状ではそれができない。
そのため、主審が行き過ぎた異議や時間を無駄にしているとして警告を出した「C3:異議」「C5:遅延行為」やの回数を比較して考える。その「C3:異議」「C5:遅延行為」を合計した数は、町田が9回で22位中16位。少ないとは言えないが、突出して多いかというとそうではないだろう。
町田のロングスローが時間を使いすぎているという批判もあった。スローインになると逆サイドからやって来てタオルでボールを拭いてから投げる。この点についてはルール上問題があるわけではないが、長く感じられたはずだ。
実際、天皇杯3回戦の横浜F・マリノス戦では西村雄一主審がスローインのスピードアップを町田に求めた。現在はタオルで拭かずさっとユニフォームで水分を取るようになってきているが、この時間の点については今後も改善が必要だ。
J1昇格の先のマネタイズをどうするか
ただ、ここまでのデータを見る限り「町田がアンチフットボール」というのは難しい。
町田に対する非難が集まったのは、試合展開も関係したかもしれない。今季町田が先制点を奪った試合は39節を終えて26試合。実に3分の2の試合で先にゴールを挙げた。相手チームにとってはその後イライラする展開が続く。町田の選手が倒れれば、それは時間稼ぎをしたように見えたのではないだろうか。
さらに町田が揶揄された要因としては、シーズン前からシーズン中まで、いろいろな選手を移籍で獲得し、さらに2022年のカタールW杯に出場していたミッチェル・デューク、ずば抜けたスピードと得点感覚を持つエリキを獲得するなど、下部リーグとは思えないほど反則級の補強をしたことではないだろうか。
だが、その投資は実を結んだ。その点は評価しなければならない。しっかり費用をかければ結果は出るということを示したのは健全と言えるだろう。
その一方で、過去に過大投資をして崩壊してしまったクラブがあったことも忘れてはならない。町田にとって今後重要となるのは、この投資に対するリターンが十分にあるかということだ。「昇格」という勲章は手に入れた。あとはそこから先のマネタイズをどう考えるのか。
2006年にヴァンフォーレ甲府がJ1に昇格し、一気に営業収益が7億円近く増え、債務超過を解消することができた。今回も町田の営業収入が大幅に増えれば、J2への投資リスクについて企業の認識も変わるはずだ。
それがJリーグの底上げになるし、引いては日本サッカーのレベルアップにも大いに役立つ。今後の町田の責任は重い。
森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。